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「難民」はアイデンティティではない--博士後期課程 シリア出身 ジアド?アルアフマドさんへのインタビュー

外大生インタビュー

東京外国語大学大学院博士後期課程?世界言語社会専攻では、世界諸地域の言語?文化?社会に関するさまざまな問題を複合的な視点に基づき研究を行っています。ヨーロッパ、アジア、アメリカに留まらず、東南アジアや中東、東欧など世界各地を研究対象とし、言語の高度な運用能力を基礎に文化?社会に関する専門的な知識を身に着け、現代社会の諸課題に取り組む人材の育成を目標としています。

今回インタビューを行ったシリア出身のジアド?アルアフマドさんは、2021年度より本専攻の国際社会研究プログラムに所属して難民問題を研究しています。日本から約8500km離れた中東地域の一国家、シリア。皆さんはシリアにどのようなイメージをお持ちでしょうか? 難民生活を経て、現在日本で博士課程に在籍して研究をすることになった彼の人生に迫ります。

取材担当:堀 詩(ほり うた):言語文化学部 英語専攻2年、広報マネジメント?オフィス学生記者

TUFSでの勉強

–––なぜ日本への留学を決めたのですか

幼い頃に見たアニメが日本に興味を持ったきっかけです。特に『まんが猿飛佐助』や『キャプテン翼』などが好きで、日本のアニメはアラビア語でも放送されていたので熱心に観ていました。その後も日本への興味は尽きることなく、大学卒業後アレッポ大学の大学院で日本語を、さらに文化、経済そして政治といった視点から日本について深く学びました。これらの研究は私の知的好奇心を刺激し、大学院卒業後さらに都市研究の修士号を取得するためトルコの大学院に進学しました。アレッポ大学大学院には日本への短期留学の制度がありました。しかし残念なことに、シリアで戦争が起こったために日本とシリアの関係も悪化し、私はその制度を利用することができませんでした。実際、戦争から逃れるために私自身も避難せざるを得ず、2015年から強制的に国を離れて生活することになりました。

まず初めにレバノンに移ったのですが、そこでの生活は良いとはあまり言えないものでした。そこですぐにトルコに移動し、またこのトルコ移住が私の人生と日本を再び引き合わせるきっかけになりました。シリアを離れる前、同じく日本に関心のある友人からトルコで活動している日本のNGO団体の求人があることを教えてもらったんです。そして英語、アラビア語、トルコ語、日本語、ヘブライ語が話せることや、これまで学んできたことを活かし、私はNGO職員として約5年間働くことになりました。特に、子どもの保護に関して私が担当したチームの成功事例がいくつかあり、開発セクターのプロジェクトマネージャーの資格も取得しました。。このような経験を経て私の日本に対する興味は日々増大していきました。そして数年前、日本政府が運営する奨学金制度に合格し、コロナ禍の影響に見舞われながらも2020年に念願だった来日が実現しました。

–––東京外大ではどんな勉強をしていますか

私は博士後期課程で、何らかの理由で土地を追われた人々が現在、そして将来どのように生きていくかということについて研究しています。彼らは文化や伝統の違い、言語の壁のためにその移動先の生活に順応することに困難を抱えています。実際移住地の人々との交流も少なく、偏見や差別に苦しむこともあります。さらに問題なことは、受入国が移民を自国の「負担」と考える場合が多いことです。こういった軋轢を解消し、両者が互いに良い関係を築ける方法を探すことが私の研究の核となっています。

現在特に注目しているのはトルコにおけるシリア人が抱える諸問題です。実際、祖国を追われたシリア人の50%以上にあたる約4百万人以上の人々がトルコに住んでいます。これだけ大勢のシリア人が暮らしているにも関わらず、トルコ政府は未だに移民に対して厳しい姿勢を取ることで票を獲得している等、両者の溝は依然として開いています。私はシリア人とトルコ人のコミュニティをつなぐためには政府による規制や政策が不可欠だと考えています。

ここまでの話で皆さんがお気づきになられたかはわかりませんが、私は極力「難民」という言葉を避けてお話をしています。「土地を追われた人」や「人々」という言葉に置き換えていたのです。「難民」という言葉はネガティブで可哀そうなイメージがありませんか? しかし彼らは可哀そうでも哀れでもありません。彼らは賢く、アイデア、情熱、そしてエネルギーに溢れた人間です。「難民」は単なる行政上の区分であり、決してその人のアイデンティティを表すものではありません。別の言葉で置き換えることで「難民」という言葉が持つネガティブな響きを取り除き、全ての人々がより生活しやすい社会の実現に向けて日々研究を行っています。

旅行で訪れた広島の厳島神社にて

–––卒業後(留学終了後)の目標について教えてください

母国が恋しい思いはありますが、不安定な状況が続く母国シリアには博士課程を終えても戻らないでしょう。一方で、今後も世界中で暮らす移民のためにできることを行い、研究を続けたいと考えています。さらに私は、日本で暮らす外国人についても関心があります。日本は治安も良く素敵な国ですが、移民に寛容な国かと言われればそうではありませんよね。実際難民登録にも厳しい審査や規制が設けられてしまいました。移民問題を扱う研究者や、その情報自体少ないため、私が研究を行うことで日本の移民問題に貢献したいと考えています。まだはっきりとは決めていませんが、この目標を達成するために、国際関係や移民統合に関わる企業への就職や、研究所や他大学での活動も視野に入れています。

近頃では、日本でも多様性について話し合う機会が増えました。しかし多様性を理解するためにはさまざまな方向、さまざまな視野からのアプローチが欠かせません。私たちは「多様性」を単なる教育の1トピックとして見なすのではなく、多様性を実践することが求められています。引き続き研究を続け、人々はどのように協力し合い共生できるのか、偏見や差別をなくし良好な関係を築くためには何が必要か、よりよい社会の実現の方法を模索したいです。

東京での生活

–––普段どんな食事をしていますか

来日してすぐは外で牛丼や寿司など日本食をよく食べていましたが、日本食は醤油が使われていることが多く塩分が気になるため、最近では健康のために自炊するようになりました。作り置きをしてお弁当として持っていくこともあります。自炊ではシリア料理をよく作ります。シリアの食事にはトマトがメインで使われることが多いのですが、高くて困っています…(笑)。他にはナスやズッキーニ、レモンにオリーブオイルをよく使いますね。具材は基本的に日本のスーパーマーケットで手に入りますが、その他のスパイスは新大久保まで買いに行くこともあります。

自炊でシリア料理をよく作っている。

–––所属しているサークルやアルバイトについて教えてください

文京学院大学で週に2回、講師をしています。ネイティブではない英語話者の英語に慣れることを趣旨とした授業で、主にシリアの歴史や文化、伝統やその他シリアに関わるいろいろなことについて紹介しています。教えることは非常に楽しく、学生たちを友人のように感じています。また国際交流団体の活動にも参加し、関東エリアの小中学校でシリアについて教えることもあります。これらの活動は私自身母国のことをよく知るきっかけになり、さらに日本人の生徒と交流し逆に学ぶこともできるのでとても楽しんで行っています。

–––大学が休みの時はどのように過ごしていますか

家が狭いので基本的に外で活動することが多く、よくカフェで勉強したり、散歩したりしています。またジムで身体を動かすことは私の日課で、心身ともに健康でいることを心掛けています。

–––東京外大の中で好きな場所はどこですか

シリアやトルコの大学と比べて規模が小さい大学だと思いますが、東京外大には素敵な場所がたくさんあります。初めて東京外大に来たときは附属図書館がお気に入りでした。静かですし、本に囲まれているとやる気が湧いてくるのです。またカフェが好きなのでアゴラ?グローバルもお気に入りの一つです。

キャンパス内の円形広場にて。春には桜が咲き誇る。

私と日本、変わった習慣

–––母国に帰国する際に家族や友達に買っていく(もしくは買っていきたい)お土産は何ですか

家族や友人に可愛いキーホルダーや湯呑を買っていきます。ダイソーやドン?キホーテで買うことが多いですが、日本のお土産ですから「メイド?イン?ジャパン」の印がついているかは必ず確認します。韓国産や中国産がとても多いですからね。食べ物だと緑茶やワサビ、カレー、煎餅、それにキットカットの抹茶味を持って帰ったことがあります。日本のお菓子はいろいろな味があって面白いです。また、シリアやトルコにはないため「ユニクロ」や「GU」で服を買っていくこともあります。

–––日本でおすすめのところはどこですか

山が好きなので高尾山や奥多摩エリアをおすすめします。友人とハイキングによく行くのですが、高尾山はもう20回以上登りました。自然とつながることやアクティブに行動することは私にとってとても大切な習慣です。また悩み事がある時には気分転換に横浜によく行きます。横浜の空気は心地よく気分を楽にしてくれます。

–––日本に来てから変わった(自分の)習慣はありますか

考え方や決断の仕方が大きく変わったと思います。シリアやトルコでは何か考え事があれば大抵人に相談しますし、基本的にどんなことでも打ち明けて話すことが普通です。日本に来てから、一人でじっくり考え決定する習慣が身に付いたことは変化の一つですね。また、カフェでの過ごし方も変わりました。シリアやトルコのカフェはにぎやかに楽しむ場所ですが、日本ではカフェで本を読んだり勉強をしたりして一人で静かに過ごすことが珍しくありません。よくも悪くも一人の時間をどのように過ごしたらよいか学びました。

友人とよく訪れる高尾山にて(高尾山口)

インタビュー後記

現在、移民?難民の方々を取り巻く諸課題が世界中で議論されています。彼らと受入国の軋轢のない社会を目指して真摯に研究に取り組むジアドさんのお話を聞き、ニュースでよく聞く「難民問題」という言葉がいかにネガティブなイメージを持つか改めて気が付くとともに、文化や習慣は違えど等しく生を受け平等である私たち人間はどのように手を取り合うことができるのかを考えるようになりました。ジアドさん、今回のインタビュー企画にご協力いただき、本当にありがとうございました。

堀 詩(言語文化学部 英語専攻2年)

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