シリアへ羽ばたく人気コミック『キャプテン翼』
外大生インタビュー
人気コミック『キャプテン翼』(集英社、全37巻)のアラビア語版が、2017年1月より、中東及び北アフリカのアラビア語圏にて販売が開始されます(刊行:紀伊國屋書店、製作?翻訳支援システム[MOES]提供:大日本印刷株式会社)。
その、翻訳に当たるのが、なんと、本学の在学生、カッスーマー?ムハンマド?ウバーダさん(国際社会学部3年(インタビュー当時)、シリア人留学生)。『キャプテン翼』はアラブ世界では『キャプテン?マジド』(マジドは男の子の名前)としてアニメ?シリーズが放映されるなど、人気を博してきましたが、今回の翻訳では、オリジナル性、そして日本のマンガであることをアラブに伝えるために原作をそのまま訳しています。
現代東アラブ政治?思想の専門家で、本学教授の青山弘之先生(大学院総合国際学研究院)にオバーダさんをインタビューしていただきました。
日本のアニメだとは知りませんでした
青山:なぜ日本語を学ぼうと思ったのですか。
ウバーダ:正直なことを言うと、はじめはスペイン語を勉強したいなと思っていました。日本語の方がスペイン語に比べてむずかしいと聞いて、むずかしい方ができた時により達成感を感じられるのではないかと思い、日本語の学習を始めることにしました。
青山:その頃、日本のことはよく知っていましたか。
ウバーダ:いいえ、全然わかりませんでした。当時、シリアでは、日本のアニメがたくさん放送されていましたが、日本のアニメだとは知りませんでした。
青山:例えば、どんなアニメ?
ウバーダ:例えば、『ベルサイユの薔薇』、『キャプテン?マジド』(『キャプテン翼』のこと)、『ドラゴンボール』。これらが日本のアニメだったと知ったのは、ずいぶん後のことです。
日本で学んでシリアの経済復興に生かしたい
青山:ところで、国際社会学部では何を学んでいるの。
ウバーダ:国際関係論を勉強しています。指導教員は、岡田昭人先生です。
青山:日本で勉強するようになって変わったことは何かありますか。
ウバーダ:特に、日本の戦後の経済復興に興味が沸きました。1945年に戦争で負けたにもかかわらず、すごい短期間で経済を復興し、先進国の一つにもなれた。この経験、そして考え方、社会のあり方を勉強して、シリアにも活かせたらと思いました。日本はその地理的な条件を戦略的に生かして、米国の特需を得られた。それが、日本の経済復興の一因と考えられていると学びました。シリアも、西洋諸国にとって地理的に良い位置にあるので、それを戦略的に利用したら米国などからの特需が得られて、シリアも経済復興できるのではないかということを、日本で勉強しながら考えました。
アラブ世界でタブーとされていることの表現に苦労
青山:それでは、そろそろ翻訳の話を。今、『キャプテン翼』のアラビア語翻訳を進めていますね。これまでも『キャプテン翼』はアラビア語に翻訳されたものがありましたが、それとの違いは。
ウバーダ:先ほどお話ししたように、これが日本のマンガだとわからない内容でした。つまり、アラブ諸国で放送されていた『キャプテン?マジド』は、アラブ世界に都合の良いように訳されたものでした。
青山:それでは、今回の翻訳では、オリジナルをありのまま訳しているのですか。苦労することもあるかと。
ウバーダ:はい、アラブ諸国でタブーとされていることなどは、表現に苦労します。
青山:例えば。
ウバーダ:例えば、お酒。第1巻で、主人公の翼とキーパーの若林が勝負をするシーンがあります。翼のシュートがゴールのバーにあたって入らないのですが、そこでウェスキーを飲んでいた日系ブラジル人のロバルトが、ウィスキーの瓶を捨ててゴールをするシーンがあります。オリジナル性を崩さないためには、このシーンを削除せず、また別の言葉にも書き換えないことが必要です。オリジナルをそのまま訳す、日本の文化をありのまま伝える、とひと言で言ってもなかなか苦労するものです。
フォントを使い分けて感情の表現を工夫
青山:他にも翻訳にあたって工夫したところはありますか。
ウバーダ:フォントですね。普通のアラビア語のフォントを使用するとどうしても堅苦しくなってしまう。論文を読んでいるような気分になってしまいませんか。そこで、日本のマンガで使用されるようなもう少し爽やかなフォントがないかと探しました。見つけたフォントを制作している会社ともコンタクトをとって、3つのフォントの使用許可をもらいました。
青山:どのように使い分けているんですか。
ウバーダ:はい、叫んでいる時、普通に話している時、実況中継をしている時、主にこの3種類でフォントを使い分けています。普通の話をしている時は落ち着いた感じのフォントを使用し、実況中継のセリフは少し線が細くて固い感じのフォントを使用するようにしています。さらに、アラビア語では通常、「○○ーー!」と伸ばしたりはしないのですが、原作で表現されている感情をできるだけ伝えられるように、伸ばして表現したりしています。
青山:アラビア語と言っても話されている地域で方言が全然違いますよね。すべてのアラブ人に読んでもらうためには、標準のアラビア語(フスハー)を使用しないと理解してもらえないと思いますが、そうすると堅苦しくてマンガっぽくなくなってしまう。その辺の工夫は?
ウバーダ:標準語をベースに部分的に方言などを織り交ぜるようにしています。そうすることによって堅苦しさを取り除くように工夫しています。
ドバイでベストセラー。うれしいです
青山:今ここにあるのは1巻ですが、その後も翻訳を続けているのですか。
ウバーダ:はい、今は6巻目を訳しているところです。当初の予定では、毎月1巻ずつ刊行を予定していましたが、2巻目で少し時間がかかってしまいました。これからもどんどん訳していきたいと思っています。
青山:アラブではベストセラーだとか。
ウバーダ:はい、ドバイの紀伊国屋書店のウェブサイトを見たら、ベストセラーになっていますね。嬉しいです。
日本の文化をもっとアラブの国々に伝えたい
青山:オバーダさんが日本のマンガを訳すことの意味はなんだと思いますか。
ウバーダ:先ほど話したように、『キャプテン翼』は、シリアでは昔からアニメでやっていましたが、現地に都合の良いように訳されていて、日本のアニメだと気づかないものでした。それはとても勿体ないことだと感じました。マンガを訳すことにより日本の文化をもっとシリアをはじめアラブの国々に伝えていきたいと思っています。それと、日本ではまだシリア人に対する偏見があります。私がこのような活動をして、その活動を知ってもらうことによって、シリア人に対する偏見やイメージを改善していきたいと思っています。
青山:そうですね。「難民」や「テロリスト」といったような負のイメージがあって、「シリア人であること=かわいそう」と思われがちですが、シリア人もイタリア人やフランス人と同じなんですよね。シリア人として、アラブと日本の文化を結ぶ活動を行っている人がいるということも知ってもらいたいですね。
ウバーダ:それと、私は、マンガは芸術だと思っています。翻訳活動をしていても、その芸術性に感動することがよくあります。アラブ世界では、マンガは絵本みたいな感覚があります。アラブ人にも、この芸術性も伝えていきたいと思っています。
青山:そうですね。どうもありがとうございました。
インタビュー日:2017年3月15日(水)