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地球ディッシュカバリー【第4回?前編】文学に食文化 日本人が知らないチベット ゲスト:星泉 教授

研究室を訪ねてみよう!

タイトルバナー

お笑いコンビ?ママタルトさんをパーソナリティに迎え、世界の食文化を入り口に、地域の社会や文化を掘り下げるポッドキャスト「ママタルトの地球ディッシュカバリー ?東京外大の先生と一緒?」が始まりました。教員の専門領域を、料理や言語といった身近なテーマを通してひもときながら、地域の魅力や国際的なつながりを多角的に紹介していきます。

今回はアジア?アフリカ言語文化研究所の星泉教授をゲストに迎え、新宿区四谷坂町のチベット料理店「タシデレ」を舞台に、日本人にとって名前は馴染みがあるものの実態はあまり知られていないチベットについて深く掘り下げます。チベットの言語、文化、文学、そして食文化、さらにチベットの歴史やチベット人の生活様式などについて伺います。


ゲスト: 星 泉 教授

東京外国語大学アジア?アフリカ言語文化研究所 教授。東京大学文学部を卒業後、1997年にアジア?アフリカ言語文化研究所に着任し、2015年に教授に就任しました。チベット語の研究を専門とし、チベット文学の紹介や翻訳活動も精力的に行っています。研究者情報

パーソナリティ: ママタルト 檜原洋平さん、大鶴肥満さん

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\ぜひ耳で味わってみてください!/?

「ママタルトの地球ディッシュカバリー?東京外大の先生と一緒?」

ポッドキャストでは、ママタルトさんの軽快なトークと笑いに包まれながら、星教授の深くて面白いお話がたっぷり詰まった“知的エンタメ”なひとときが味わえます。チベットってどんなところ?…そんな疑問も、聞けばきっと「もっと知りたい!」に変わるはず。 聞けば世界がちょっと広がる、楽しくてためになるひととき。ぜひポッドキャストでお楽しみください!

「タシデレ」で学ぶ、チベットの言葉と食卓

────今回、ぼくらが星先生にチベットのことについて教えていただく学びの食卓は、こちら、新宿区四谷にあるチベット料理のお店『タシデレ』さんです。星先生、「タシデレ」とはどういう意味なのでしょうか。

もともとは「おめでとう」「おめでたい」という意味ですが、今では、初めて会った人への挨拶としても使われています。例えば、ママタルトさんに今回初めて会いましたが、「タシデレ」と挨拶に使うこともあります。

今回の学びの舞台はチベット料理店「タシデレ」さん
店内の装飾

────まずはチベットの基本情報から教えていただけますか。

チベットというと、チベット自治区を思い浮かべるかもしれませんが、実際にイメージしていただきたいチベットというのは、ヒマラヤ山脈の北側に広がるチベット高原です。平均標高が4500mほどあり、面積は日本の約6.6倍もあります。この広大な地域にチベット語を話す人々が住んでいます。チベット語圏は中国が最も多いですが、パキスタン、インド、ネパール、ブータンなどの地域にもチベット語を話す人々がいます。チベットという国はないですが、これだけ広い地域をチベット語圏と言います。現在チベットという国はありませんが、かつては7世紀から9世紀半ばにかけて、チベット帝国として栄えていました。この時代のチベットは戦争が強く、インドから仏教を取り入れるとともに、インド系文字を取り入れて、自分たちの文字を書き表してチベット語を表現するチベット文字も制定しました。

星教授
ラサの僧院の案内板。上にチベット語、中央に中国語、一番下に英語で「参拝はこちらからどうぞ」と書かれている。(撮影:星泉)

────チベット語はどのような言語なのでしょうか。

チベット語は地域によって非常に多くの変種(方言)があります。山と谷に隔てられているため、山ごと、谷ごとに言葉が発展し、地域によっては互いに通じないほど違いがあります。語順が日本語とほぼ同じなので、日本人にとっては学びやすい言語です。ただ、形容詞が名詞の後ろに来るなど、若干違うところもあります。例えば「美味しいご飯」と言う場合、チベット語では「ご飯+美味しい」という順番になります。

地図
チベット自治区ンガリー地区プラン県の道路脇の商店。塀に赤いチベット文字で店の名前「タシ?チベット食堂」「宿泊あり」「カレー」「肉饅頭」「うどん」「甘いミルクティー」「バター茶」とメニューが書かれている。(撮影:平田昌弘)

────チベット人同士のコミュニケーションはどのようになっているのでしょうか。

ママタルトさん

以前は地域によって言葉が全く通じないこともありましたが、現在はテレビなどのメディアの普及により、ある程度の共通理解ができるようになっています。ただ、標準語というものはなく、地域ごとに放送局があるような状態です。チベット文字は全地域で共通していますので、文字によるコミュニケーションには問題がありません。最近では携帯電話やインターネットも普及していますが、山の高いところでは電気や水道がない地域もまだあります。

────最初の料理が運ばれてきました。先生、これは何ですか。

これは「シャパレ」といいます。牛挽肉を小麦粉の皮で包んで揚げたミートパイのようなものです。あとは、サラダですが、サラダの上の白いものは手作りのチーズです。これは「ラムギュマ」と言う腸詰めです。中には、子羊の肉とお米が入っています。

左:シャパレ、右:サラダ
ラムギュマ

────チベット語で「いただきます」や「美味しい」は何というのでしょうか。

「召し上がれ」と言われたら、「レッス?チューショ」(はい、いただきます)といいます。美味しいは「シンブドゥ」と言います。板抱くときは、チベットではお祈りもするのですが、今日はせっかくなので、店主のロザンさんにいただきますと言いましょう。

店主のロザンさん

────レッス?チューショ!...シンブドゥ!

────チベット料理の特徴を教えていただけますか。

チベット料理の大きな特徴は、畑のものと山のものが混ざっていることです。例えば、「シャパレ」という料理は外側が小麦粉(畑のもの)で中が肉(山のもの)という構成になっています。チベットは山と谷でできており、谷の低地では小麦や大麦を栽培し、山の上では家畜を飼育しています。山の人々は肉やバター、チーズを持って谷に下り、谷の人々の生産する穀物と交換するという物々交換が行われてきました。そのため、同じような食材が山でも谷でも食べられるようになり、それがチベット料理の特徴となっています。山の人々は冬になると大量の肉を食べる傾向があります。

2004年9月のラサ。川の流域では大麦、小麦などの農作物を栽培している。(撮影:星泉)
大麦の煎り粉(ツァンパ)にバター茶を注ぎ、パーを作る。このあと袋ごと練って団子にする。チベット人のソウルフード。ラサにて。(撮影:星泉)
草原に自生するイラクサと小麦粉に湯を加えて練りあげたニョク。溶かしバターをたっぷり添えていただく。青海省ツェコ県にて。(撮影:平田昌弘)

チベットに魅せられて

────先生がチベットに興味を持たれたきっかけは何ですか。

私の場合、両親が東京外国語大学出身で、母がモンゴル語科、父がロシア語科でした。1960年代の日本には、1950年代にチベットからインドに亡命し、日本に招へいされたチベット人の先生たちが何人もいたんです。その時、母は大学生時代にチベット人の先生からチベット語を学び始め、そのまま研究の道に進みました。実は父も同じタイミングでチベット語を学んだという、珍しい家庭環境で育ち、家にはチベット人のお坊さんが何ヶ月も滞在することもありました。そのような環境で自然とチベットに興味を持つようになりました。

1974年頃。お正月にチベット人の高僧ニチャン?リンポチェと記念撮影する七五三姿の星。 ニチャン?リンポチェはインドであつらえたえんじ色のスーツに身を包んでいる。

────先生が専門とされているチベット文学とはどのようなものですか。

チベット文学には大きく分けて二つの流れがあります。一つは英雄叙事詩「ケサル王物語」といった、口頭で語られる文学です。これは語り部によって様々なバージョンがあり、みんなで楽しんで耳を傾ける文化があります。もう一つは、文字による文学です。仏教を取り入れたチベットでは、8世紀から9世紀にかけてインドの仏教経典が大量に翻訳されました。そうした仏教経典の中には説話文学も多く含まれており、そうした外来の文学を受容する中で、チベット語で独自の文学が書かれるようになっていきました。チベットでは長い間こうした「口承」と「書承」の二つの流れが並行して発展してきましたが、20世紀半ばに中国の支配下に入って以降、近代化が進むことになります。現代的な小説が多く書かれるようになるのは、文化大革命(1966–1976年)による長い中断を経て、ようやく1980年代になってからです。

────先生のお気に入りの物語を教えてください

私が翻訳を手がけた『しかばねの物語』という昔話があります。これは、屍(しかばね)が様々な面白いお話を語るという設定の物語です。簡単にあらすじをお話しすると、主人公の少年が魔術師7人組から変身の術を盗んで逃げる過程で、彼らを殺してしまい、その罪滅ぼしのために、とある墓場から上半身が金色の特別な屍(※下半身が金色の間違い)を運んでくるという任務が与えられます。その屍は主人公の背中で様々な物語を聞かせてくれるのですが、主人公が一言でも口を利くと屍が墓場に戻ってしまうというのです。しかし主人公は屍の語る面白い話に毎回口をすべらせてしまい、何度も墓場に行ってはお話を聞くはめになる、という物語です。屍の話は、謎めいていたり、穴があったりと、思わずつっこみたくなる話なのです。出版社の編集者の方が「このお話って屍がボケで、主人公がツッコミですよね。面白い! 絶対受けるから本にしましょう」と気に入ってくれて、出版が決まりました。

────そういったチベットの文学や東京外大の研究に一般の方が触れられる機会はあるのでしょうか。

11月20日から24日まで、東京外大の学園祭「外語祭」が開催されます。125年の歴史がある学園祭で、世界の食、言語、ダンスなどを楽しめるイベントです。1年生が学んでいる約30の国や地域ごとに料理店を出し、2年生はそれぞれ学んでいる言語で演劇を行います。他にもフラメンコやフラダンス、アラビアのベリーダンスなどの舞踊公演や、民族衣装の試着、外国語の絵本の読み聞かせなど、様々な企画があります。各国の大使も訪れる本格的な学園祭です。チベットの出店はないのですが、世界を感じられる機会なので、ぜひいらしてください。

外語祭。円形広場にはぐるっと一周世界の料理店が立ち並ぶ(写真は2024年度のもの)

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学びを広げるリンク集

訪れたお店の紹介

チベットレストラン&カフェ

タシデレ (Tashi Delek)

東京都新宿区四谷坂町12-18 四谷坂町永谷マンション 1F(都営新宿線曙橋より徒歩5分)

https://tashidelek.jp/

本の表紙画像

『ハバ犬を育てる話』

仏の教えを胸に自然と共に生きてきたチベットの人々。
かれらを取り巻く現代社会の問題や人間関係の複雑さを鋭く捉え、鮮やかにそして時に幻想的に描き出す。
実験的な手法でチベット文学に新風を巻き起こした現代文学の旗手、待望の小説集。
短篇?中篇をあわせて9作を収録。

『ハバ犬を育てる話 』タクブンジャ 著 海老原志穂、大川謙作、星泉、三浦順子 訳

文学(小説)?文芸?翻訳?海外文学
シリーズ:〈物語の島アジア〉
版?頁:四六変型判?並製?296頁 
ISBN:978-4-904575-45-1 C0097
出版年月:2015年3月31日発売
本体価格:2400円(税抜)
https://wp.tufs.ac.jp/tufspress/books/book35/

世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―

食を通じて文化を知る――そんな体験をもっと広げたい方には、東京外国語大学出版会の『世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理―』がぴったりです。料理から見える世界の多様性を、ぜひ味わってみてください。

世界を食べよう!―東京外国語大学の世界料理― 沼野恭子【編】

ジャンル:食文化?料理?地域研究
版?貢:A5判?並製?224頁 
ISBN:978-4-904575-49-9 C0095
出版年月:2015年10月30日発売
本体価格:1800円(税抜)

https://wp.tufs.ac.jp/tufspress/books/book39/

東京外国語大学オープンアカデミー

「もっとチベット語を知りたい!」と思った方には、東京外国語大学オープンアカデミーのチベット語講座がおすすめです。言葉を学びながら、チベットの文化や人々の魅力に触れてみませんか? 年に2回の募集期間を設けているため、自分のペースで学び始めることが可能です。さらに、オンラインでの開講により、全国や全世界どこからでも気軽に参加できるのも大きな魅力です。新しい言語を学び、異文化交流の扉を開く絶好のチャンスです。チベット語を学びながら、未知の世界への一歩を踏み出してみませんか?

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本記事に関するお問い合わせ先

東京外国語大学 広報?社会連携課

koho[at]tufs.ac.jp([at]を@に変えて送信ください)

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