通訳と教育 誰かの幸せが私の幸せ:西畑香里講師インタビュー
研究室を訪ねてみよう!
今回インタビューをさせていただいたのは、大学院総合国際学研究院所属の西畑香里(にしはたかおり)講師です。西畑講師は、会議通訳者の実務経験を持ちながら、現在は通訳?翻訳論をご専門に本学で教鞭をとられています。通訳と教育、それぞれの世界での職務経験について伺いながら、エネルギッシュで努力を惜しまない西畑講師のお人柄に迫ります。
インタビュー担当学生記者:
言語文化学部中央ヨーロッパ地域/ポーランド語専攻4年 山口紗和(やまぐちさわ)(広報マネジメント?オフィス学生取材班)
西畑先生のご紹介
―――はじめに、西畑先生のご経歴と現在のご専門について教えてください。
大学卒業後、一般企業に就職しましたが、会議通訳者に転身し、現在は本学の大学院総合国際学研究院に所属しています。通訳関連科目を中心に、学部では講義科目、演習クラス、通訳?翻訳論ゼミを、大学院では同時通訳の演習クラスと実習を担当しています。
通訳の世界
―――通訳者になろうと思ったきっかけはどのようなものでしたか。
学部時代は英語を専攻していて、将来は英語を使って海外と関わる仕事をしたいと考えていました。ただ、当時は通訳についての具体的な情報を知る術がない状況で、就職活動をする時点では、将来目指したい職業としての選択肢には入っていませんでした。大学卒業後は製造業界の海外営業職に就き、海外代理店と英語で毎日コミュニケーションをとる仕事を任せてもらえましたが、一生かけて追及したいと思えるほどの熱意までは持てず、自分が情熱を注いで本当にやりたいことは何かを常に考えていました。その中で、何かしらの専門職につきたいと思うようになり、英語を使うことを前提に、常に勉強し続ける必要がある厳しい環境に身を置くことで自分が成長でき、人の役にも立つことができる仕事はなんだろうと模索していました。複数の専門学校の見学に行きましたが、どれもピンとこなくて悩んでいる中で、父が一言、「通訳はどうかな」と言ってくれたのが転機になりました。よく思い返してみると、雑誌や新聞で通訳者のインタビュー記事を読む度に憧れの気持ちを抱いていたことと結びつき、これこそ本当に目指したいものだと思えたので、転身を決意して通訳の専門学校に通い始めました。
―――実際に通訳者として働く中で、特にやりがいを感じた経験はありますか。
通訳の仕事は入念に準備をして臨んでも、常に新たな言葉や概念が出てきて勉強になり、いろいろな世界を見ることができます。フリーランス通訳者として仕事をすると、案件ごとにクライアントも内容も変わるので、多くの出会いや発見があり、こんなにも自分を成長させられる仕事はないのではないかと思えるほど、毎回が新鮮な学びの機会でした。もちろん、通訳の世界は厳しく、うまくいかずに落ち込むこともありましたが、クライアントから良い評価をしてもらえるだけではなく、自分自身が納得のいく「いい仕事ができた、お役に立てた」と確信が持てた時は特にやりがいを感じました。
―――これまでの出会いの中で印象に残っている方はいらっしゃいますか。
あるクライアント企業のトップになられた方が思い浮かびます。
フリーランスの通訳者として駆け出しの頃、アサインされた企業の会議で、話の流れが掴めず満足のいく仕事ができずに、申し訳なく悔しい思いをしたことがありました。必ずレベルアップしていつか戻ってこられるように頑張ろうと固く心に誓った数年後に、再度その企業と仕事をするご縁をいただきました。すると、数年前の会議の参加者だった方が、昇進して社長になられていました。その企業で1日がかりの大規模なイベントがあった時に、社内の専属通訳者と私が通訳チームとして終日通訳を担当したのですが、イベント終了後の会議で、社長が、「通訳がすごく良かったと社内のみんなが言っていたよ。Congratulations!」という言葉を直接かけてくださいました。そのお言葉で、これまでのことが報われたような気持ちになり、通訳の仕事を続けていて良かったと思えた瞬間でした。
社長は外国人の方だったのですが、とにかく周囲への気遣いが素晴らしかったです。エレベーターで顔を合わせた時は「おはようございます」、会議終了後には同時通訳ブースの前をわざわざ通って通訳者に対して「お疲れさまでした」と、必ず目を合わせて日本語で声がけをしてくださいました。全社員に向けたスピーチをする時にも、スピーチライターが書いた原稿をそのまま読むことはまずなくて、キーワードやメッセージを聞き手に分かりやすく伝える工夫がされた話し方をされていました。通訳を介したコミュニケーションでも、間の取り方や話の区切り方が絶妙でした。周囲への気遣いやコミュニケーションの取り方など、お手本にしたくなるような方でしたが、人前で話す訓練を積んで人一倍努力されてきた方だと周囲の人から伺い、尊敬の念がさらに深まりました。
教育の道へ
―――通訳者から大学教員にご転身されたきっかけについてお聞かせください。
きっかけとして、通訳者として働いていた時に、「英語の勉強の仕方を教えてほしい」という依頼を多く受けたことがあります。自分自身は継続して勉強してきたものの、勉強の仕方を人に教えるとなるとどう教えるのが良いのかがよく分からず、英語教授法について体系的に学びたいと思うようになりました。また同時に、通訳についても、忙しく仕事をする中で、技術をもっと向上させるために集中的にじっくり勉強する時間を取りたい、学問としてもしっかりと学びたいという気持ちが日々強くなっていました。そこで、通訳?翻訳を本学の大学院で、英語教授法をアメリカの大学院で、約4年間かけて2つの大学院に進学してそれぞれ学ぶことにしました。
大学院で英語教授法について学んだ後は、通訳の仕事に加えて、企業向けの英語研修講師の仕事もやっていました。ただ、企業向けの研修として需要が多かったのが、TOEICの点数アップのためのテクニックを教えるもので、どうも表面的で物足りなさを感じていました。加えて、マネージャーや役員のような、立場が上の人に英語を教える時には、プライドを傷つけないようにとの注意事項があったりして、そうなるとなかなか踏み込んだアドバイスをすることができず、もどかしさを感じていました。
自分が本当に教えたいことを改めて考えた時に、通訳者としてさまざまな会議に参加する中で、例えば猛スピードで原稿を棒読みするような、伝え方がもったいない人が多くいたことを思い起こしました。聞き手を意識した分かりやすい話し方ができる人材を、社会に出る前の段階から育成することは、通訳業界にとっても社会全体にとってもプラスになるのでないかと考え、大学生を対象として教えたいと思うようになりました。
そうした経験が今につながって、これまで実務の世界で携わってきた通訳について、思い入れのある母校で、これから社会で活躍していく学生の皆さんに教えるという、情熱を注げる仕事に就けていることを幸せに思っています。
―――通訳と教育は意外な形で関連していたのですね。ちなみに、現在『通訳の世界(仮)』という書籍を執筆されていると伺ったのですが、どのようなことを書かれているのですか。
通訳の世界をさまざまな切り口から紹介する学部生向けの講義科目を担当していますが、その授業で教科書として使えるような入門書で、他大学でも通訳の関連科目で活用できて、通訳に関心がある一般の方にとっても参考になるものを目指しています。
自分が大学生の頃は通訳の世界について学べる講義科目はなく、情報がなかなかありませんでした。通訳の実務に関しては、実際に通訳者になってから初めて知ったことがほとんどで、もっと早くに学ぶ機会があれば良かったなと思ったことを取り上げています。学生の皆さんから寄せられるキャリアに関する質問などに対しては、通訳者のキャリア形成について行った研究調査の結果をもとに紹介しています。それ以外にも、たとえば通訳の倫理のように、プロとして仕事をするには必ず知っておくべきこともあります。
通訳の実務?教育?研究のすべてに携わっているからこそ見えてきた通訳の世界について、いろいろな視点を盛り込んで紹介することで、通訳という職業について正しい理解を持ってもらえるように、通訳業界全体に少しでも貢献したいという想いで取り組んでいます。
西畑先生のお人柄
―――お話を伺っていると、西畑先生は多方面で非常にご活躍されている印象を受けるのですが、その原動力はどこから生まれるのでしょうか。
好奇心でしょうか。何かをやりたいという強い気持ちがあったら、必ず行動するのは自分の中では自然なことです。しんどいと思うことがあったとしても、やりたいことを達成するための必要なプロセスと思えば、納得できるしんどさです。何がやりたいのか分からず、頑張りたい気持ちはあるのにエネルギーをどこに向けたらいいのか悩み続けた日々に比べれば、エネルギーを向ける先が分かっているのは気持ちがずっと楽で、あとはそれに向けて行動するのみ、という意識でいます。何より、新しい世界を経験できることだったり、学ぶことで知識が増えて視野が広がったり、今までできなかったことが少しずつでもできるようになることに喜びを感じます。
―――通訳?翻訳論ゼミでは、目標設定のやり方などについても指導されています。西畑先生はどういった想いからこのような取り組みを推進されているのですか。
大学教員は教育と研究が主な業務だと思っていたのですが、実際になってみるとそれ以外にもさまざまな業務があると分かりました。中でも、学生対応の占める割合が非常に大きいと気づかされました。進路相談などを受けることが増えるにつれて、何を伝えられれば、自分と関わる学生にとってベストだろうと考えるようになりました。そのためには、教える立場である自分自身が新たなものを取り入れて対応力をつけていかなければと、その時々に必要と思うものを継続的に学んでいます。その中で、自分が実践してみて良いと思ったものを授業に取り入れています。
その一つが、目標設定です。自分自身がどうありたいかを明確に言語化して、それを実現するための行動指針を具体的に設定して書き出し、日々忘れないように意識して行動すること、必要に応じて軌道修正していくものです。長期的な視点を持って進みたい方向が分かっているのと、日々を漫然と過ごすだけでは大きな差が出ると思います。
私自身も、教育者や研究者として、人として、こうありたいという姿を設定して、そうなるための行動指針を書き出して見直すようにしています。何か迷いが生じた時にはその指針を参照することで、「自分はこうありたいからこの行動を取っている」と納得し、必要以上には悩むことなく、信念を持って動くことができるようになると感じています。
読者へのメッセージ
―――ご自身が、何か学生時代にやっておけばよかったと思うことはありますか。
運動習慣をつけておけばよかったと強く思います。社会人になってから、無理なく体を動かす時間を確保することと、それを継続することの大切さを実感しました。通訳の仕事は、常に勉強が必要で気が休まることがなく、プレッシャーやストレスを受ける場面が多くあります。忙しさに毎日流されて、睡眠や食事すら疎かになっている時期がありました。
人生には頑張り時があって、がむしゃらに突き進むことも時には必要かと思いますが、若さと気力だけで走り続けようとしても長く活躍はできません。通訳に限らずどんな職業であっても、健康管理も仕事のうちで、体力だけではなくメンタルを整えるためにも、運動習慣を日常生活の中で最優先にしておくのは、長い目で見ると本当に大事なことだと痛感しました。学生の皆さんにはぜひ今のうちから運動習慣をつけておくように伝えておきたいです。
―――ここまで貴重なお話をいただき、ありがとうございました。最後に、この記事を読んでいる学生に向けてメッセージをお願いいたします。
東京外国語大学の学生は、真面目によく頑張り、学び取る力がある人が多くいて、レベルが高いと感じています。通訳者を目指したい人がいれば、その目標実現のための力をつける場となるように応援したいと思っていますし、どのような職業に就くにしても、通訳の勉強はさまざまなフィールドに活かせる要素がありますので、大学でこそ学べる学問の視点からも通訳に関心を持ってもらえたら嬉しいです。大学生活では、ただ語学力を身につけるだけではなく、いろいろ経験し、思いやりや謙虚さなどの人間力も磨いて、ぜひ社会で活躍してもらいたいと思っています。
インタビュー後記
今回、ゼミでお世話になっている西畑先生にインタビューする機会をいただき、大変光栄でした。先生の下で通訳?翻訳に関して学びを深める中でも、先生は有言実行の方であるという印象を持っていたのですが、改めてお話を伺う中で、現状に甘んじることなく、常に次の目標を見据えて努力されてきた先生に心から感銘を受けました。また、通訳者や大学教員は、個ではなく全体を見る力が求められる、ホスピタリティを必要とする職であることを学びました。誰かの幸せのために最善を尽くす、そんな先生のお姿を私も追いかけていきたいと思います。
取材担当:山口紗和(言語文化学部ポーランド語専攻4年)