シリーズ「AA研」は何をするところ?:「文字の大海、アジアを周遊」
研究室を訪ねてみよう!
東京外国語大学のキャンパス内にはさまざまな施設があります。そのなかで、学生のみなさんにとって立ち入る機会が少ないのがアジア?アフリカ言語文化研究所(略称「AA研」)ではないでしょうか。一部で「謎の施設」とも言われるAA研は、アジア?アフリカの言語と文化に関する国際的な研究拠点です。そこでは国内外の研究者と共同で、アジア?アフリカ地域を対象とする人文学を基盤とする研究活動を幅広く展開しています。このシリーズでは、AA研の多様な共同研究プロジェクトの一部をご紹介していきます。
今回は共同利用?共同研究課題「アジア文字研究基盤の構築(3)―文字研究術語集の構築― (jrp000283)」の代表である荒川慎太郎教授に、この共同研究プロジェクトと、その成果の一環として2023年11月6日からAA研1階で開催される企画展「解読!アジアの古代文字(2023)」をご紹介いただきます。
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AA研共同利用?共同研究課題
「アジア文字研究基盤の構築(3)―文字研究術語集の構築―」 (jrp000283)
アジア地域は、古代から現代まで多種多様な文字体系が存在し、いまなお異なるタイプの文字が並存する、世界的に見てもユニークな地域であり、文字学?文字論に有益な材料を提供する。本課題では、インド系文字、漢字?疑似漢字、ヒエログリフなどの専門家が共同して、一般文字論、文字の字形そのものの多面的な研究を行う。第3期は1~2期に検討した文字研究術語の整理と公開に主眼を置く。
古代文字の世界へ
最初に、自己紹介と、どのような経緯でこうした研究に足を踏み入れたかを述べておきたいと思います。私はAA研で、西夏語?西夏文字の研究をしています。西夏とは11~13世紀、中国西北に覇を唱えていた国家です。その国の主要言語は、チベット?ビルマ語派という言語グループに属する西夏語という言語です。建国まで固有の文字は持たなかったのですが、漢字に倣って西夏文字を創製しました。現在、西夏語も西夏文字も使用者は絶えましたが、仏典をはじめとする膨大な文献資料が残っていて、言語や文字の研究を進めることができます。
私と西夏文字の出会いは高校時代に遡ります。ヒエログリフやマヤ文字の本を読んで、何となく「大学に行ったら古代文字、それもできるだけ複雑な文字の研究ができないか」と考えていた私でした。当時は井上靖の小説『敦煌』(西夏文字が重要な役割を果たします)の映画化や、西夏文字研究の第一人者西田龍雄先生の本が一般向けに出ていたので、西夏文字がそういった複雑な文字の代表格という感じでした。「京都大学に行って西田先生のもと、西夏文字を研究しよう!」と意気込んでいましたが、高三の時「お前本気か?」と担任に職員室に呼び出されました。
運よく京大に滑り込んだ私でしたが、西田先生はその後一年で退官され、京大はおろか日本国内にも西夏語?西夏文字の研究をしている先輩はいないという事実も入学後に知りました。しかしながら、西田先生の門下で、古代ウイグル語の権威である、故庄垣内正弘先生が西夏語に理解があり、学部の卒業論文から博士課程まで助けていただき何とか研究を続けることができました。また、西夏語の属するチベット?ビルマ語、文献言語については京大に優秀な先輩方がおられ、ご指導をいただきました。大学院生時代に、ロシアの研究者との交流、サンクト?ペテルブルグでの長期の文献調査などができたことも幸運でした。最大の幸運は、ポスドクの就職難が始まっていた20年前、「つぶしのきく」語学とはいえない西夏語を専門としながら、東京外国語大学に就職できたことであるのは間違いありません。
文字の宝庫、アジア
AA研では、私が代表となり共同利用?共同研究課題「アジア文字研究基盤の構築(3)―文字研究術語集の構築―」というプロジェクトをおこなっています。ここでは国内の十数人の研究者と共同で、文字の研究、文字の研究をするための学術用語の検討を進めています。どこまでを「アジア」と見做すかは悩ましいところですが、東は日本、西はエジプトまで、ひらがなからインド系文字、漢字?疑似漢字、ヒエログリフ、楔形文字まで、広く研究者の協力を仰いでいます。アジア地域は、古代から現代まで多種多様な文字体系が存在し、いまなお異なるタイプの文字が並存する、世界的に見てもユニークな地域です。後述のように、文字学?文字論に有益な材料を提供してくれます。西夏文字だけでなく、様々な文字に関心のある私自身が、このプロジェクトの一番の恩恵に浴しているかもしれません。
文字の研究と言語の研究
さきほど「西夏語?西夏文字の研究をしている」と述べましたが、言語の研究と文字の研究は別物です。西夏文字は「何を表すか」という機能的な側面に立てば、「語」を表す「表語文字」(表意文字?表音文字という古典的な分類に加え、音と意味の結びつきである「語」を表わす文字が「表語文字」です)です。しかし「語の成り立ち」と、「それを表す文字の成り立ち」は全く別に検討しなければなりません。例えば、特定の西夏語の動詞は、ある環境で母音が変化します。すると異なる音の音節になるので、同じ意味でありながら別の文字が創製されます(参考画像参照)。この際、元の字とはかけ離れた字形になることもあります。どうしてその字形になるのかは、音声言語の研究とはまた別の研究対象となるのです。
文字を研究するために、「術語」を検討する
共同研究に参画しているメンバー間で意見を交換していると、「合字」とか「線条性」といった、それぞれの文字研究?記述で当たり前に使っていた用語が、他の文字体系では時に異なる現象を指すことに気づかされることがあります。また、音声言語の研究の場合は、音声→音韻→語→句→文のような構造化がどの言語にもある程度普遍的ですが、文字の場合は、筆画→構成要素→字形がおおよそ適用できても、「構成要素」の部分(分析のレベル)が文字によって大きく異なります。
日本での言語学において広く参照される、有名な『言語学大辞典』(三省堂)でも指摘されたように、文字研究のための統一的な術語はいまだ十分整備されておらず、このプロジェクトはそれを補うという目的も有しています。そのためプロジェクトの最終的な成果として、「文字を研究するための術語集」の刊行を目指しています。
「文字」を知る展示会
各種文字に関する横断的な研究は、研究者間の知見の交換に重要なものです。一方、研究者の間だけでなく、アジアの豊饒な文字文化を社会に知っていただくのも大切な仕事だと思っています。今年11月に、研究所で企画展「解読!アジアの古代文字(2023)」を開催します。「(2023)」というカッコ書きには、2年前のコロナ状況下で、制限を設けて(古代文字スタンプなどの接触型イベントを制限したりして)開催した「解読!アジアの古代文字(2021)」の「完全版」であることや、今後さらに「拡充版」を開催する可能性も残したいという意味合いを込めています。
展示では、石碑に刻まれた突厥(とっけつ)文字?契丹(きったん)文字の拓本やベトナムのチュー?ノムの原書、つまり「原寸大」資料の展示にこだわっています。それは文字が「どのくらいのサイズで読まれ、書かれたのか」を見ていただきたいからです。実物を生で目にすることで「楔形文字はこんなに細かい!」とか「西夏文字はこれほど細部の筆画にこだわりがある!」といったことを体験する展示会を目指しています。研究成果の一環としてのこの展示会にも、会期中にぜひ足を運んでいただければ幸いです。
解読!アジアの古代文字(2023)
開催期間:2023年11月6日(月)~11月26日(日)
土日休場(11月23日 、11月25日、11月26日の外語祭期間中は開場)
開場時間:13:00-17:00
(詳細はリンク先(https://www.tufs.ac.jp/event/2023/231106_1.html)をご覧ください)
主催:東京外国語大学アジア?アフリカ言語文化研究所
企画:AA研基幹研究「アジア?アフリカの言語動態の記述と記録:アジア?アフリカに生きる人々の言語?文化への深い理解を目指して」(DDDLing)
※ただし以下のイベントのうち、後者に参加されたい方は要事前登録?保険加入。
展示記念イベント1「展示品解説ツアー」
11月23日(木祝) 13時~14時頃
展示記念イベント2「甲骨文字を彫ってみよう!」
11月23日(木祝) 14時~15時頃
実物の牛骨に彫刻刀などで、「甲骨文字」を1文字刻んでいただけます。
※事前申し込み制?人数限定(小学生以下のお子様には保護者同伴)。参加は無料。当日保険料のみ200円を頂きます。
※ゴーグル?手袋着用の上、安全に十分配慮して実施しますが、保険加入に同意される方のみご参加いただけます。なお実物の牛骨は、大人が1文字彫るのも大変な硬さです。小学生以下の参加者には、粘土など代替素材に彫っていただく可能性もございます。