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世界を語ろう@TASC シリーズ第5回: ラテンアメリカの自律性と国際関係 ?対談者:舛方周一郎准教授

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地域研究のシンクタンクとして本学の研究?教育を社会に対して発信することを一つの役割として担うTUFS地域研究センター(TASC)が行うTASC対談シリーズ。吉崎知典TASCセンター長が、世界各地域の諸問題について、本学の教員と対談していきます。

第5回は、ブラジル地域研究やラテンアメリカ政治学の専門家である舛方周一郎准教授をお招きし、激動の時代に米国と中国の影響力の変化する中、ラテンアメリカ諸国がどのように対応しているか、また地域としての自律性について対談しました。(対談が行われた2025年3月11日時点の情報に基づく内容です)

第5回目の対談者:
舛方 周一郎 准教授
略歴 東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授。専門分野は国際関係論、比較政治学、環境政治、ラテンアメリカ研究。上智大学で博士号を取得後、神田外語大学講師を経て、2020年に本学に着任。ブラジルやラテンアメリカの政治?環境政策や、気候変動政策や国際協力をテーマとした論文や著作を多数執筆している。

ファシリテーター:
吉崎知典特任教授/TUFS地域研究センター(TASC)長
専門分野は平和構築、戦略論、日本の安全保障等。慶應義塾大学法学部卒業、同大学院法学研究科修士課程修了。防衛庁防衛研究所助手、同主任研究官、防衛省防衛研究所理論研究部長、同特別研究官(政策シミュレーション)、同研究幹事を歴任した。2023年4月より現職。その間に英国ロンドン大学キングズ校客員研究員、米国ハドソン研究所客員研究員なども兼任。

ラテンアメリカの内政?外交、そして環境の3つの柱

吉崎  今回は、ブラジル地域研究やラテンアメリカ政治がご専門の舛方周一郎先生にお越しいただきました。本日はよろしくお願いいたします。まず、ご専門にされている研究分野についてお聞かせいただけますでしょうか。

舛方 このたびはお招きいただきありがとうございます。最近、自分自身の研究と教育の歩みを振り返る機会があり、ブラジルを中心としたラテンアメリカの内政?外交、そして環境という三つの柱で研究と教育に携わってきたのだということを感じています。

まず、1つ目の柱は、ブラジル国内の政治状況に関する研究です。ラテンアメリカが抱える格差、貧困、暴力の問題は、政治的な分極化を引き起こしています。このテーマについて、選挙や多様な政治過程をはじめ、政治制度や宗教?軍?社会運動にも関心を持って研究を進めてきました。

舛方准教授

2つ目は外交に関する研究です。近年の国際情勢の変化の中で、ラテンアメリカが国際交渉でどのような位置づけにあるのかを明確にすることを目指しています。また、環境問題や中国体彩网手机版、そしてその他のグローバルアジェンダに対し、ラテンアメリカがどのように取り組んでいるのかについても関心を持っています。

世界のワクチン外交を示した絵(@ブラジル?リオデジャネイロ?オズワルドクルス研究所)

3つ目の柱は環境問題です。このテーマは現代社会において非常に重要であり、エネルギー問題や気候変動、SDGs(持続可能な開発目標)などと深く関連しています。これらがラテンアメリカ国内でどのように受け入れられ、翻訳される際に発生する摩擦や課題について研究を行ってきました。また、地域に導入された環境対策が時に社会に悪影響を及ぼし、対立を生む現状に対し、問題を可視化する取り組みの重要性を感じています。

私の専門は政治学ですが、東京外国語大学では歴史学者や人類学者との対話を通じて、研究の視野を広げることができました。この経験は、私にとって非常に貴重な財産となっています。

吉崎 私もその最後の部分、とても興味深いと思います。政治学を学びながら、歴史学や他の分野との対話を通じて得られる深みや視野の広がりには、多くの新しい発見が含まれていると思います。自分の専門を超えた視点に触れることで、これまでの研究が全く異なる意味を持つように感じられる瞬間があり、それは非常に刺激的です。そして、その発見を学生たちと共有し、共に学び直す過程は、学問の本質を感じられる貴重な経験だと改めて思います。おっしゃるように、国内問題が外交の場を経てグローバルな広がりへとつながるという三つのステップを意識することは、とても重要だと感じます。東京外大の学生が、その視点を持ちながら学ぶことができれば、さらに深い理解が得られるのではないかと思います。

吉崎TASC長

激動する世界とラテンアメリカの選択

吉崎  現在、世界はまさに激動の時代を迎えています。その中で、ラテンアメリカも大きな変化の渦中にあります。例えば、米国のリーダー交代がもたらした影響や、メキシコ湾の名称変更の問題、パナマ運河を巡る中国の影響力の問題など、地図を書き換えるような動きが起こっています。こうした背景の中で、ラテンアメリカ各国がどのように対応し、自国の利益や主権をどのように守っていくのかは、非常に重要な課題です。

このような複雑で困難な状況の中で、ブラジルやラテンアメリカ諸国がどのように動き、変化しているのかについてさらに詳しくお聞かせいただけますか。

ラテンアメリカ

舛方 ラテンアメリカという地域は、歴史的に米国との関係が非常に重要な要素を占めてきました。アメリカ大陸を南北に分けて考えることもできますが、その場合の北アメリカにはメキシコも含まれています。スペイン語、ポルトガル語、フランス語を主に話す南北アメリカの国と地域であるラテンアメリカを理解する上で、アメリカ大陸の大国である米国の存在は欠かせません。

一方で、ラテンアメリカは「米国の裏庭」や「従属関係にある」と見られがちですが、私はその見方に対して異なる認識を持っています。特にコロンビア以南の南アメリカは、自律性を持った外交を展開しており、米国は距離的に南アメリカよりもヨーロッパのほうが近く、南アメリカは米国よりもアフリカのほうが近いという特徴があります。この距離感も影響し、南アメリカが米国の直接的な影響を受けにくく、自律性の高い外交を展開する背景となっています。2010年代以降、米国の影響力が相対的に低下する中で、その地域を完全に掌握することが難しくなっています。

ラテンアメリカ?カリブ経済委員会(ECLAC)会議場(@チリ?サンティアゴ)

その一方で、中国の存在感が拡大しているのも近年のラテンアメリカ情勢の特徴です。2008年のリーマン?ショック以降、ラテンアメリカでは中国との関係を重視する国が増えています。ただし、中国が米国に代わってラテンアメリカを支配するという見方もまた一面的です。ラテンアメリカは、米国と中国という二大国の間で自律性を保ちながら、バランスを取る地域であると考えています。

中国?ブラジル気候変動?エネルギー技術イノベーションセンター(ブラジル?リオデジャネイロ)

もう一つ大切なことは、ラテンアメリカには、メキシコやブラジルのように大国との交渉を通じて自己利益を追求できる国もあれば、ホンジュラスやハイチなどの中米?カリブの小国のように大国に対抗するのが難しい国もあります。この地域を理解する上で重要なのは、ラテンアメリカ全体を一つのまとまりとして捉えるのではなく、各国の文脈や思惑を理解することです。

また、トランプ政権下での交渉術や関税問題を例に挙げると、メキシコの大統領がトランプと交渉し、相互関税を回避する方向に進んだように、ラテンアメリカ諸国は一方的に従属するのではなく、自国の立場を考慮しながら巧みに外交を展開しています。

このようなラテンアメリカの姿勢から学べることは多いです。特に、力や資源が限られた不利な状況でも、自己利益を達成し、大切なものを守るために工夫しながら合意を目指す力は、学生たちにとっても重要な学びになると考えています。

トランプタワー(米国?シカゴ)

吉崎 先生のお話を伺い、ラテンアメリカの強かさや、多様性に富んだ地域であること、そして「裏庭」という一面的な見方では捉えきれない広がりがあることを改めて感じました。こうした背景を文脈としてどう位置づけ、理解するには、歴史や地域、さらには多様性への深い理解が不可欠です。その点で、東京外大が持つ強みやネットワークが、大いに力を発揮する部分だと感じました。

舛方 仰る通りです。補足させていただくと、ラテンアメリカは一枚岩ではなく、多様性に富んだ地域です。そのため、「反米大陸」?「ポピュリズム大陸」といった一面的な見方には大きな語弊があります。実際には、ラテンアメリカ諸国は米国との関係において是々非々の姿勢を取っています。利益が得られる場合には合意し、得られない場合には反対するという柔軟な対応をしているのです。しかし、米国に対する反対の発言や行動があると、それだけで「反米の国々」とレッテルを貼られることも少なくありません。文脈をしっかりと見ると、これらの行動は戦略的な判断に基づいており、米国との交渉の一環であることがわかります。

他方で、現在の激動する世界では、米国や既存の国際秩序に対して支持する側と反対する側がラテンアメリカ内でも分かれつつあります。これまでラテンアメリカは、民主主義や人権、法の支配といったリベラルな国際秩序を遵守してきた国々が多い一方で、近年ではそれらを融解させうる勢力も台頭しています。例えば、トランプ大統領の登場以降、彼の考え方に共鳴する保守的なリーダーたちも現れています。ブラジルのジャイール?メシアス?ボルソナーロ[1]、アルゼンチンのハビエル?ヘラルド?ミレイ[2]、エルサルバドルのナジブ?アルマンド?ブケレ?オルテス[3]などがその例です。彼らはトランプの政策に同調し、国内外で保守的な政策を進めると予測されています。

一方で、ブラジルのルーラ?ダ?シルヴァ[4]やメキシコシティのクラウディア?シェインバウム[5]のように、トランプのやり方に距離を置きつつ、調整を試みるリーダーもいます。彼らは自己利益を追求するため、中国や他のグローバルサウス諸国との関係も重視する方向に進んでいます。

専制か民主主義か(チリ?サンティアゴ?人権と記憶の博物館)
大統領選挙中のルーラのキャンペーン(ブラジル?サンパウロ)

国際秩序が変容する中で、ラテンアメリカの大国は新しい秩序を作るというよりも、現存する秩序にどのように適応するかを模索しているように見えます。この適応の過程で、ラテンアメリカの大国が果たす役割はますます重要になっていると考えられます。

[1] ジャイール?メシアス?ボルソナーロ:2019年から2022年までブラジル大統領を務めた保守派の政治家。物議を醸す発言で知られ、2022年の大統領選挙で敗れた後、最高裁判決で2030年までの被選挙権を剥奪されているが、国内では彼の復権を望む声も根強い。

[2] ハビエル?ヘラルド?ミレイ:アルゼンチンの政治家で経済学者、作家でもある。2023年にアルゼンチン大統領に就任。「小さな政府」を掲げ急進的な経済改革を推進したことで、政権1年目でハイパーインフレの抑制など予想を超える成果を挙げ、支持率を回復している。

[3] ナジブ?アルマンド?ブケレ?オルテス:2019年にエルサルバドル大統領に就任。若手リーダーとして注目されている。ギャングの一斉取り締まりによる治安回復で高支持率を得ているものの、逮捕状なしでの身柄拘束など憲法を一部制限した強権的な対策が物議を醸している。

[4] ルイス?イナシオ?ルーラ?ダ?シルヴァ:2003年から2010年まで第35代大統領を務め、2023年に第39代大統領として再び就任。ブラジルの貧しい農村に生まれ、労働組合のリーダーとして頭角を現す。貧困撲滅や社会保障制度の拡充に尽力し、アマゾン森林保全など環境問題にも積極的に取り組んでいる。

[5] クラウディア?シェインバウム:メキシコ初の女性大統領、2024年就任。元メキシコシティ市長で、環境政策や持続可能な開発に注力した科学者としても知られる。ユダヤ系としても初の大統領で、革新的な政策と実行力で注目されている。

地域研究は再解釈を繰り返しながら深めていく学問

吉崎 最後に本学での学びについて伺えたらと思います。本学で学ぶ学部生や大学院生にどのように学んでいってほしいか、お考えをお聞きしたいです。

舛方 私自身、東京外大に来て大きな学びを得たのは、地域との長期的な関係を築いていくということの重要性です。これは長きにわたり世界中の国や地域との信頼関係を構築してきた、まさに東京外大ならではの強みだと思っています。

近年、ディシプリン(分野)ごとに世界を切り分けて理解する手法が進化していますが、本当にその地域を深く理解できているかどうか、立ち止まって向き合う必要性も高まっていると感じます。確かに世界を俯瞰する視点は重要ですが、良いことも悪いことも含めてその地域と向き合い、長く付き合っていく姿勢も大切だと思います。

一つの地域に向き合っていると当然ながらうまくいかないことのほうが多いです。私の研究も失敗と挫折の連続でした。しかし多くの失敗を経験したからこそ、その困難も含めて地域を理解し、簡単には解決できない問題に向き合うことの大切さを実感しています。東京外大生は、そうした複雑な問題に向き合うことで、「豊かさとは何か」?「幸福とは何か」といった根本的な問いを追求できる可能性を持っていると感じています。そのためには、利益が得られなくなったからその地域との関係を断つ、あるいは分析しやすい地域だけを選ぶという発想ではなく、長く広い視野と深い愛情をもって課題をどう共有していくかを考えることが求められます。東京外大生なら、きっとこれを実現できるのではないかと期待しています。

吉崎 自分が選んだ好きな地域や言語、社会、そして歴史に向き合うこと。それはきっと自然と心を惹かれ、その魅力に夢中になりながら「これって何だろう?」と新たな問いを見つけるプロセスなのかもしれませんね。その「気になるところ」を大切にすることが、学びの深さを生む鍵なのだと感じました。東京外大の学生たちに、そうした時間と学びの場が与えられているのはとても素晴らしいことです。自分の「好き」を再発見し、それを通じて新しい視点や発見を得る機会は貴重ですよね。

舛方 ブラジルとの関わりも早20年が経ちましたが、いまでも調査に行くたびに新しい発見があります。地域研究の重要性は、一度訪れただけでその地域を理解できるわけではなく、繰り返し訪れることでより深く学べる点にあると思います。なぜなら、私自身がブラジルから学ぼうとすることも日々更新されるとともに、ブラジル自体も国際環境や地域の変化に伴って常に変わっているからです。私とブラジルの関係性も、ある意味では互いに変化し合っているように感じます。

新入生としての「洗礼」を受けるブラジリア大学の学生と

東京外大で働く前、私は地域研究とは「世界的にまだ発見されていない独自の価値や現象を発見すること」に意義があると思っていました。しかし必ずしもそれだけではなく、こうした変化が新たな問題や疑問を次々と生み出し、地域研究をさらに豊かなものにしていることに気づきました。

例えば、研究者の視点も世代ごとに異なり、前の世代、私たちの世代、そしてこれからの次世代の研究者では、ブラジルを見る視点も変わっていくことでしょう。私自身、先生方や先輩方から多くを学び、その学びを後輩たちに伝えています。しかし、それは私自身の視点でブラジルを見てほしいということでも、「最近の若者は、内向き志向で海外への理解が乏しい」といったありがちな若者批判からくるものでもありません。むしろ私がどのようにブラジルを見てきたのかを伝え、その上で次の世代が独自の視点で、変わりゆくブラジルや他の地域を見ていくことを期待しています。

地域研究とは、再解釈を繰り返し、対象地域とともに自分自身や周囲の変化も楽しみながら現象への理解を深めていく学問なのではないでしょうか。それこそが、この分野の本質的な魅力だと思っています。

中国武漢て?開催された東アシ?ア?ラテンアメリカ研究協力対話
報告時の様子

吉崎 地域研究は終わりがなく、常に新しい発見と再解釈の旅のようなものです。ネバーエンディングストーリーですね。お話を通じて、その深さや意義に触れる機会をいただきました。最後に、本日お持ちいただいた書籍は東京外国語大学出版会から出版されたものでしょうか。

舛方 はい、1つは、2023年3月に私が元東京外大スペイン語科教員(現、東京大学教授)の宮地隆廣先生と共著で執筆した『世界の中のラテンアメリカ政治』(2025年2月一部加筆修正した第二刷発行)で、もう1つは、この3月に本学スペイン語科の内山直子先生が谷洋之先生(上智大学教授)と翻訳刊行した『不平等のコスト――ラテンアメリカから世界への教訓と警告』です。いずれも東京外国語大学出版会から刊行されました。東京外国語大学出版会は、その独自性と教育的価値で際立っています。世界の各地域に光を与え、学術的な書籍や教科書を中心に、長期的に意義のある出版物を提供しています。商業出版とは一線を画し、大学の教員や研究者のニーズに寄り添い、深い信頼関係のもとで作業が進められます。編集部は細部まで丹念に作業を行い、著者と共に最高の出版物を目指します。その過程では、校正や制作の段階で多くの人が携わり、品質を向上させる取り組みが行われます。さらに、学生たちが最終チェックに参加する機会を設けるなど、出版の一連のプロセスを教育の一環として活用しています。出版に関する授業も開講されていて、研究成果が世に出る過程を学ぶことができる貴重な機会を提供しています。これにより、単なる書籍制作にとどまらず、教育的配慮が行き届いた組織としての価値も高めています。

吉崎 東京外国語大学出版会は、研究?教育?出版の橋渡し役として、重要な役割を果たしているというわけですね。本日はありがとうございました。

時間がゆっくり流れるイースター島にて
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