世界を語ろう@TASC シリーズ第2回 :台湾社会の変容と国際関係 ?対談者:小笠原欣幸名誉教授
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地域研究のシンクタンクとして本学の研究?教育の成果を社会に対して発信することを一つの役割として担うTUFS地域研究センター(TASC)でスタートしたTASC対談シリーズ。2024年は世界的な選挙イヤーです。吉崎知典TASCセンター長が、選挙が行われる国?地域を中心に世界各地域の諸問題について、本学の教員と対談していきます。
第2回は、台湾の総統選挙の得票率予想がほぼ的中したことで台湾で「選挙の神様」と呼ばれている本学の小笠原欣幸名誉教授をお招きし、冷戦終結後の台湾の位置づけ、米中対立が台湾に与える影響、そして台湾の民主主義体制の重要性などについて対談しました。
第2回目の対談者:
小笠原欣幸 東京外国語大学名誉教授
略歴 専門分野は比較政治学、台湾政治研究。一橋大学社会学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。東京外国語大学外国語学部専任講師、同大大学院総合国際学研究院教授などを経て、2023年に定年退職。本学名誉教授。英国?シェフィールド大学、台湾?国立政治大学で客員研究員を務めた。著書に『台湾総統選挙』(晃洋書房、2019年)
ファシリテーター:
吉崎知典特任教授/TUFS地域研究センター(TASC)長
専門分野は平和構築、戦略論、日本の安全保障等。慶應義塾大学法学部卒業、同大学院法学研究科修士課程修了。防衛庁防衛研究所助手、同主任研究官、防衛省防衛研究所理論研究部長、同特別研究官(政策シミュレーション)、同研究幹事を歴任した。2023年4月より現職。その間に英国ロンドン大学キングズ校客員研究員、米国ハドソン研究所客員研究員なども兼任。
動画版
多様性を重視する台湾社会への変容
吉崎 世界を語ろう@TASCシリーズ第2回の今回は、本学の小笠原欣幸名誉教授にお越しいただきました。小笠原先生は、台湾政治研究の第一人者で、さまざまなメディアで情報を発信されています。昨年、著名な週刊誌「ニューズウィーク」日本版で「世界が尊敬する日本人100人」で「台湾選挙の神様」として選ばれ、注目されています。小笠原先生は最初イギリス政治の研究から入り、ハロルド?ラスキの研究などをなさっていました。それが現在は、台湾政治の分野でさまざまな研究をなさっていますが、なぜ台湾研究に関心を持たれたのでしょうか。
小笠原 大学院でイギリス政治思想を研究し、当時1980年代はイギリスがサッチャー政権の時代でしたので、サッチャー政権についての研究をし、イギリスについて研究書を2冊出版しました。その後もイギリスを中心にドイツやフランスなどヨーロッパ諸国も少し見て比較政治をやっていこうと思っていたのですが、東京外国語大学に採用され、アジア言語を学ぶ学生の存在から、日本の周辺の民主主義を研究する必要性を感じ、台湾に焦点を当てるようになりました。1990年代でしたので、台湾が民主化されて、台湾のこれからに注目が集まっていった時期でした。最初は少しだけ台湾を研究してイギリスとかヨーロッパ政治を続けていこうと思っていたのですが、やり出してみたらとても奥が深くて、どんどん台湾を深く研究するようになりました。
吉崎 台湾はもともと「中華民国」として国際連合で常任理事国のポジションにありましたが、1970年代に中華人民共和国が入りその座を奪われています。台湾は高いテクノロジーを持っていて、台湾の方々はとてもスキルに長けていて、さらに、ネットワークやコミュニケーション能力が高いという印象を私は受けております。小笠原先生は、どういったところに台湾の魅力を感じられたのでしょうか。
小笠原 台湾は、蒋介石の時代は今の中国とあまり変わらない権威主義体制でした。そこから台湾の人たちが民主化を求めて運動をし、今の民主的で自由な台湾へと大きな転換を成し遂げました。台湾はもともと中国のイデオロギーが非常に強く、中国の考え方や価値観がとても深く染みついている社会でした。その中で台湾は多様性を重視する社会に変化していきました。やはり鍵になったのは民主化ですね。自分たちで新しい台湾を考えていく、そのような機運が台湾社会にあります。大きな歴史の転換点を台湾から感じることができるというのが、台湾研究の魅力です。いろいろな角度から台湾を見て、注目すべき点、惹きつけられる点が、たくさんあると感じています。
国際環境の変化と、日本にとっての台湾の存在
吉崎 1980年代、90年代は、台湾を巡る国際環境でも冷戦が終わるという大きな転換点があります。そして日本の防衛体制や安全保障など国際関係の見方が大きく変わってきました。台湾にとって、このころのドラスティックな国際関係の変化は、どのように位置付けられたのでしょうか。
小笠原 政治経済学で分析していくのが良いのだろうと思います。70年代の国連追放や日本やアメリカとの国交断絶などがあり、80年代は台湾にとって先行き見えない状況でした。しかし一方で、80年代は台湾経済がすごく活性化して発展していく時期でもありました。外交的な完全孤立の危機を乗り越えていく大きなきっかけでしたし、台湾の人々に自信をもたらしました。中国は国の規模を考えれば全く太刀打ちできないですから、中国に逆らってもしょうがないというような諦めの気分が台湾で蔓延してもおかしくなかったと思うのですが、自分たちは小さいけどやっていけるぞと。日本やアメリカも非公式ながらサポートし、そのような国際情勢が台湾の人たちの意識にも刺激を与えていたと思います。
吉崎 台湾の政治に対して中国が直接的に圧力をかけるような軍事的な演習が定期的に行われるようになってきて、1990年代、2000年代にあったような安全保障の環境が今はなかなか維持ができなくなってきています。それだけ中国が台頭してくるということかと思います。今年1月の台湾の選挙は世界が注目した選挙であり、そしてそれを狙うかのように中国の軍事演習、2022年8月にはミサイル発射の脅しもありました。小笠原先生は、台湾の視点からどういうふうに位置付けられて、どういうインパクトがあったと思われますか。
小笠原 まず台湾の国内政治の観点から言いますと、蔡英文総統のもとで民進党政権が8年続いています。台湾では時間軸が日本よりもかなり早いので、8年はかなりの長期政権という印象になります。台湾の民主主義のロジックでは、8年ごとに政党が交代することが続いているので、ちょうど交代の時期だと思いますが、一方で野党が政権を取ったときに、外交面や安全保障の政策の点において野党で大丈夫なのかと問われて、昨年1年間選挙戦の期間中にいろんな形で議論されました。結局落ち着いたのは民進党政権の継続なのですが、同時に行われた議会選挙では過半数を下回る形で牽制しました。台湾として民主主義をどのように活性化させていくか、これは非常に大きな課題です。有権者がとても迷いながら判断した結果だったと思います
吉崎 しっかりと自分の足で体制を支えること、そしてそれを周りの国が支えるということが、地域ないしはグローバルな安全につながるという意味で、ウクライナの危機と台湾の危機というものが非常にパラレルに見られることがあります。地域的、国の大きさや背景は違いますが、台湾の危機は日本の危機であるというような問題意識がどんどん高まっています。日本にとってどのようなインプリケーション(意味)があるとお考えでしょうか。
小笠原 台湾の民主主義体制が守られることは、日本にとっても重要です。権威主義的な価値観が広がっているところがありますが、さまざまな声が社会の中にあって、そして台湾の場合、さまざまな違うルーツの人たちが集まって小さい島の中で暮らしています。似たような状況にある他の国や地域で紛争が起きているのに台湾がそうならないでいられるのは、やはり民主主義という大きな枠を社会全体で守ろうとする意識があるからだと思います。多様性を許容し、安定を育む台湾の存在は、日本が目指す社会の方向と共通するため、台湾のこういった体制を日本としてもサポートできるのであればしていきたいと考えるのが普通だと思います。
吉崎 日本にとっても社会的な多様性ダイバーシティっていうものを許容してその中で安定を保っていく。上から権威主義的に体制を押し付けるのではなくて、その中にある多様性の中で秩序や社会を育んでいく。おそらくそれが戦後の日本の繁栄や安全の源であったとするならば、台湾が同じような形で歩み、そしてそれを損なうような圧力がかけられるとするならば、日本は決して無視できないことだと思います。そういった意味ではイデオロギーを超えて、自立をしようとする人たちを支えるということは、日本にとっての非常に大きな使命であるなということを先生のお話を伺いながら感じました。
東京外国語大学の地域研究
吉崎 最後になりますが、東京外国語大学に注目してくれる社会の方々が多くいらっしゃいますが、台湾について、そして世界についてメッセージがあればお願いいたします。
小笠原 日本でこの数年間、台湾に対する関心がだんだんと高まってきています。台湾研究者としてこれは好ましい傾向だと肯定的に受け止めていますが、一方で台湾有事や、中国の武力行使の問題などに注目が集まりすぎてしまっている嫌いもあります。この台湾の問題、それから中台関係の問題を、日本社会でしっかりとその意味を掴んでおくことは非常に重要です。そうした時、やはり地域研究者の役割は非常に大きいと私は思います。目先のことをああだこうだというだけではなく、そもそも台湾の人たちは何を考えているのかと、何を望んでいるのか、台湾社会はどのようにできているのか、どんな歴史をたどってきたのか、ということを、きちんと日本の地域研究者から発信されていないと、この情勢判断はうまくいかないと思います。同じことが世界の各地域に対しても言えます。その点、東京外国語大学には、たくさんの言語、地域の専門家がいて、大学として地域研究に取り組んでいて、しっかり学んだ卒業生を輩出しています。日本社会の中で大事な役割をしている大学だと思いますので、今後さらに発展していくといいなと思っています。
吉崎 小笠原先生からご指摘がありましたとおり、地域研究を通じて、例えば言語社会、そして民族、どういった多様性があるかをバランスよく見ていく。その中で日本はどうあるべきなのかということを相対的に見ていく。広い見方、ビジョンを、東京外国大学では専門家との対話を通じて、学生が学ぶ学びの場が提供できていると思いました。本日は小笠原先生をお招きして、台湾を中心に、世界、日本の将来について語っていただきました。本当にありがとうございました。