シリーズ「世界を学ぶ、世界を生きる」②
「世界の言葉に触れてみよう!―28言語で読む『星の王子さま』」
風間伸次郎、山田怜央
研究室を訪ねてみよう!
東京外国語大学では2023年度の1年間に、読売新聞立川支局との共催で、連続市民講座「世界を学ぶ、世界を生きる」が開催しました。全11回のうち第2回以降は、東京外国語大学出版会から刊行された11冊の本を取り上げ、著者や編者、訳者が講演しました。本シリーズでは講演の様子を順に紹介しています。
2023年5月13日に行われた第2回は「世界の言葉に触れてみよう!」をテーマにした講演会でした。風間伸次郎教授と山田怜央非常勤講師が、著書「28言語で読む『星の王子さま』」を基に講義した様子をお届けします。
風間 伸次郎(かざま?しんじろう)
東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 教授。専門は言語類型論とアルタイ諸言語(特にツングース諸語)。著書に『日本語の類型』(三省堂、2022年) 、『世界のなかの日本語 ④ ⑤ 』( 小峰書店、2006 年) 、「第11章 アイヌ語はどの言語と似ているか ― 対照文法の試み― 」(『日本語「起源」論の歴史と展望』所収、三省堂、2020年)など。「ツングース諸語の言語と文化に関する一連の調査研究に対して」で第37回金田一京助博士記念賞受賞(2009年)。
山田 怜央(やまだ?れお)
東京外国語大学非常勤講師。博士前期課程までフランス語及びイタリア語を研究。博士後期課程からアイルランド語の研究を始め、現在に至る。2011年3月東京外国語大学博士前期課程修了(言語学修士)、2013年4月東京外国語大学大学院博士後期課程に進学し、2020年3月同大学大学院同課程にて博士号(学術)を取得。2013年9月より1年間、フランス共和国パリ第三大学言語科学科に留学。
世界の言語多様性尊重
文字の種類と形
本のカバーを外すと、その裏表紙には「星の王子さま」でも最も有名なフレーズである「かんじんなことは、目に見えない」の28言語の訳が書かれている。ラテン文字やキリル文字(ロシア語などの文字)、ハングルやアラビア文字、さらにはタイやミャンマーなど東南アジアの国の色々な文字が並んでいて、壮観である。
東南アジアの国々の文字の起源はインドにあり、少しずつその形が違っている。インド系の文字はなんと日本にも伝わっている。それはお墓の卒塔婆(そとば)に書かれている 梵字ぼんじ(悉曇(しったん)文字)である。インドの文字はおよそ「アカチャタナパマヤラワ」の順序になっているが、これも五十音図として中国経由で日本に伝わっている(日本語のサ行とハ行の音は古くはそれぞれツァツィツツェツォ、パピプペポのような音だった)。
系統関係
次に28言語の1から10までの数詞を聞いてみよう。英独仏伊西の3や9を聞いてみると、それぞれthree, drei, trois, tre, tres; nine, neun, neuf, nove, nueveとなっていて、これらの言語が互いに親戚、つまり系統関係にあることがわかる。ペルシア語やヒンディー語の数詞を見ると、これらの言語も英語やフランス語と親戚で、「インド?ヨーロッパ語族」というグループをなしていることが実感できる。
影響―借用
一方で、中国語のイー、アール、サン、や韓国語のイル、イ、サム、は日本語のイチ、ニ、サン、によく似ている。それもそのはず、これらは中国語からの借用語であり、元からの日本語、つまり大和言葉の数詞はひとつ、ふたつ、みっつ、である。韓国語にもやはり固有の数詞がある。人数を「1人(ひとり)、2人(ふたり)、3人(さんにん)」と数えてみると、現在の大和言葉では2人までしか数えられないことに気づく。日本や韓国、ベトナムは漢字文化圏であり、たとえ今現在漢字を使っていなくとも、漢語由来の語がたくさんある。中国からの歴史的影響の大きさが知れる。
語順による分類
さていよいよ「星の王子さま」の本文を文字を見ながら色々な言語で聞いてみよう。発音記号も逐語訳もついているので、多様な言語の音声や文法のしくみを知ることができる。まず気がつくのは、文の構成要素の基本的順序だ。英語や中国語だと、日本語とは異なり「I love you.」や「我爱你(ウォーアイニー)」のように、〔主語―動詞―目的語〕の順序になっている。しかし決してこれは一番メジャーなタイプではない。世界には7000もの言語があるが、半数以上の言語は日本語と同じ〔主語―目的語―動詞〕を一般的な語順とする。一方、フィリピンの言語やアラビア語など、〔動詞―主語―目的語〕がふつうな言語もある。このように語順のタイプによって世界の言語を分類することができる。そして言語自体には何の優劣もない。どんな言語もそれぞれが互いに尊重すべきかけがえのない存在なのだ。
発音記号と逐語訳
発音記号、すなわち国際音声記号はあらゆる言語のあらゆる音声を書き分け、読めるように作られ、これまでに7度も改訂されてきた。そのしくみは、口の中のどこをどう使ってその音を出すか、という点に立脚した合理的かつ体系的なものである。さらに逐語訳には文法的な要素の働きを示すための略号のセットがある。
最後に28言語での「ありがとう」を聞いて講義を終了する。
語学への旅いざなう
「28言語で読む『星の王子さま』世界の言語を学ぶための言語学入門」(東京外国語大学出版会)
世界中でさまざまな言語に翻訳され、愛読されている「星の王子さま」を言語学的に解説。言語ごとの特徴や共通点がわかり、言語を学ぶことが楽しくなるよう構成されている。王子さまが星から星へと旅したように、28の言語で「星の王子さま」を読み継ぎながら、世界の言語を旅することができる。第1部は、世界中の言語に通用する言語学の考え方を、発音、文法、単語、文字といった言語の構成要素を取り上げながらやさしく説明。世界の言語の分布や系統、文字の系統、発音記号のしくみや言語のタイプについても学ぶことができる。さらに言語学を知りたい人への文献案内もついている。28言語の音素一覧や語順の特徴の一覧表もある。第2部は28言語の概説に続いて、「星の王子さま」を1言語1章ずつ読み進む。全文に逐語訳付き。東外大出版会のホームページから音声も聞ける。A5判?並製、540ページ。3200円(税別)。
(以上、読売新聞多摩版(2023.5.17掲載)より許可を得て転載)