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世界を語ろう@TASC シリーズ第6回: アフガニスタンと日本──対話と信頼の構築 ?対談者:登利谷正人講師

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地域研究のシンクタンクとして本学の研究?教育を社会に対して発信することを一つの役割として担うTUFS地域研究センター(TASC)が行うTASC対談シリーズ。吉崎知典TASCセンター長が、世界各地域の諸問題について、本学の教員と対談していきます。

第6回は、アフガニスタン?パキスタンを中心とした南アジア地域研究の専門家である登利谷正人講師をお招きし、アフガニスタンを例にとりながら、異文化間の対話や相互理解の重要性、そして日本が培ってきた信頼関係の価値について対談しました。

第6回目の対談者:
登利谷 正人 講師 

略歴 東京外国語大学世界言語社会教育センター講師。専門はアフガニスタン?パキスタンを中心とした南アジア地域研究で、歴史的動態を踏まえつつ現代に至るまでの政治?外交?文芸など幅広く研究。特に、18世紀から現代に至るアフガニスタン、およびパキスタン(ムガル帝国期と英領インド期を含む)を中心とした政治史を、時代ごとの地域?国際情勢との関係を踏まえて研究している。

ファシリテーター:
吉崎知典特任教授/TUFS地域研究センター(TASC)長
専門分野は平和構築、戦略論、日本の安全保障等。慶應義塾大学法学部卒業、同大学院法学研究科修士課程修了。防衛庁防衛研究所助手、同主任研究官、防衛省防衛研究所理論研究部長、同特別研究官(政策シミュレーション)、同研究幹事を歴任した。2023年4月より現職。その間に英国ロンドン大学キングズ校客員研究員、米国ハドソン研究所客員研究員なども兼任。

インドとパキスタンの関係と対話の重要性

吉崎  私は東京外大に赴任する前は防衛研究所に勤務をしておりました。ゲームシミュレーションで、アフガニスタンの話なども扱うことがありますが、私の専門はNATO(北大西洋条約機構)であるため、欧米の視点からアフガニスタンを見る傾向があります。一方で、2007年頃から東京外大のPeace and Coflict Studiesプログラム(現。略称「PCS」)でアフガニスタンの学生の教育に関わってきました。カブールからの救援活動にも関心を持ってまいりましたが、わからないことばかりです。本日、登利谷先生とお話しするのを楽しみにしておりました。まず、アフガニスタンの話に入る前に、先生が東京外大で学生と交流する中で感じていることをお聞かせいただけますか。

登利谷  東京外大はとても多様で、例えば、中央アジア、中東、南アジアといった地域ごとに異なる言語を学ぶ学生がいます。彼らは、その言語を使う国や地域に留学したり、あるいは日本に住むそれらの地域の出身者と関わったりします。アメリカやヨーロッパの旅行先で、それらの地域のコミュニティがあることに気がつくこともあるでしょう。日本国内でもコミュニティが形成されており、紛争や難民として来日した人々と接点を持つことが多いです。学生の中には、インドやパキスタン、ネパールなど南アジア地域出身の親を持つ人も多く、自分のルーツに深い興味を持ち、そのルーツを詳しく学ぶために東京外大に入学した学生もいます。パキスタン出身の父親を持つ学生の中でも、宗教的背景や文化に対する理解が異なる場合があります。厳格なイスラーム教徒の家庭で育った学生は、食事の制約に困ることがありますが、一方で全く気にしない学生もいます。このように、多様なバックグラウンドを持つ学生が同じキャンパスで学んでいる姿は非常に興味深いです。この多様性が東京外大の魅力の一つだと思います。

登利谷講師

吉崎  「ルーツ」という言葉が私の心に響きました。それは自分の出発点であり、根付いているものです。これから芽が出て花開くことを予感させる良い言葉です。縦の繋がりはもちろんありますが、横の繋がりも大切です。必ずしも近い地域同士が仲が良いとは限りません。つまり、対話をしないこともあります。そういった点について、どう思われますか?

登利谷  例えば、インドとパキスタンの関係についてですが、一般的に関係が悪いとされています。全体としてはインドの人々はパキスタンのことを悪く思い、パキスタンの人々も同様にインドを悪く思う傾向があります。また、両国の政治的対立によりお互いの国を行き来することもできません。パキスタンにルーツを持っている学生の場合、インドには行けないか、物理的に行くことができたとしても絶対に行くなと言われ、行くことができません。逆もまた然りです。しかし、お互いに人間ですから、考え方に違いはあるものの、接してみると共通点も多いのです。このような気づきがあるため、そういった接触が面白く、このキャンパスでは、そういった場面をよく目にします。

吉崎  防衛省にいたとき、PKOセンターとの交流を担当していました。インドのPKOセンターはニューデリーに、パキスタンのPKOセンターはイスラマバードにあります。両国が考えていることは同じで、「カシミールで負けない」ということです。インドとパキスタンは当時、それぞれ1万人ずつPKOに参加していました。インドとパキスタンの将校と話す機会があり、彼らがソマリアや南スーダンで平和構築に従事していた話を聞きましたが、一番の焦点がカシミールだと知り驚きました。国連PKOの活動は平和のためですが、実際には領土を守ることが目標です。この間に交流はありません。国連PKOで研鑽を積んで自国を守るという言葉だけを見ると、外からは侵略に見えることもあります。対話がない恐ろしさを目の前で感じました。ゲームのシナリオのように、考えていることと書いていることが全く逆なのです。東京外大のような場所で、直接的な利害関係を離れて交流すると、「同じ人間だからわかり合える部分がある」と気づきます。インドとパキスタンの学生が一緒にいる空間に私もいたことがありますし、こうした府中のキャンパスや東京の重要性を改めて感じます。

吉崎TASC長

登利谷  インドとパキスタンの人々はヒンディー語とウルドゥー語を用いて会話レベルでは概ね相手の言っていることが理解することが可能であり、大学に通う学生の多くは英語も堪能です。大学に来る人たちは対面であればすぐにコミュニケーションを取れますし、オンラインでも可能です。しかし、その機会が与えられないことが問題です。多くの人は母国にいるときにはこうした交流を必要としないと感じるかもしれません。しかし、こういった機会が与えられることで、自国に戻ったときの視点が全く変わると思います。これは非常に重要なことだと感じます。

アフガニスタンと日本の役割

吉崎  アフガニスタンの話を聞きたいと思います。昔、私もNATOを専門にしていました。アフガニスタンの問題は最も難しいチャレンジであり、最終的に望むような結果が得られなかったと思います。しかし、忘れてはいけないことですし、まだ日本にできることがあると思いますので、ぜひその点について先生のお話を伺いたいです。

登利谷  最近の国際情勢について考えると、アメリカのトランプ政権やウクライナ問題、東アジアの将来など、さまざまな問題が浮上していますが、特にウクライナに対する支援や、アメリカとロシアがウクライナ情勢について直接やり取りする可能性が話題になっています。この状況は、少し前のアフガニスタンの問題とリンクしています。第1次トランプ政権時代、アフガニスタンではターリバーン暫定政権ができる前に、アメリカやイギリス、日本が支援して作った政権がありました。しかし、ターリバーンとの戦闘が続き、アフガニスタン共和国政府とのやり取りが進まない状況でした。2017年、トランプ政権は南アジア新戦略を打ち出し、ターリバーンとアメリカが直接交渉を行いました。この交渉は、アメリカが兵士の被害や経済的負担を減らすためのもので、最終的に合意が取り付けられました。このように、当事国を飛ばして早く解決を図る姿勢が見られます。

アフカ?ニスタン 果物売りの男性たち(提供:登利谷講師)

吉崎  そこがアメリカの強さであり、怖さだと思います。ターリバーンがカブールを制圧した2021年8月15日に起こったことは、今でも鮮烈に覚えています。その後、8月末までに撤退することになり、自衛隊も含めて救出作戦を行いました。これを設定したのは、トランプ政権の合意とバイデン政権がその日程を9月11日から前倒ししたことです。予想外のことが起こり、アメリカ自身の利益が直接的に関わらない形で「ディール(取引)」[1]をまとめました。しかも、それは合意に基づくものでした。ウクライナ問題についても、同様の状況が起こる可能性があります。最近の国際情勢を見ていると、その可能性が高いと感じます。

[1] 「ディール」とは、主にトランプ政権時代に締結されたアメリカとターリバーンとの間の合意を指す。この合意は、アメリカがアフガニスタンから段階的に撤退し、アメリカ兵の被害や経済的負担を減らすことを目的とした。2020年2月、トランプ政権が米軍を撤退させる代わりに、ターリバーンがアフガン政府との停戦協議に応じることで合意。同年9月、ターリバーンとアフガン政府が停戦協議を開始。トランプ政権は米軍撤退を加速した。

ターリバーンの進撃とともに、アフガニスタンの首都カブール陥落(撮影: Marcus Yam/Los Angeles Times/ゲッティイメージーズ)

登利谷  アメリカはアフガニスタンの人員を早く引き上げ、関与を極力減らそうとしました。その結果、アメリカ軍の兵士がこれ以上亡くなることはなくなりましたし、経済的な負担も短期的には減少しました。ウクライナの状況は、アフガニスタンに比べて関与期間は短いですが、今後の動きを見ると、共通点があるように感じます。

吉崎  近しいものを感じるということは、ある種の類似性や継続性、そしてまた同じことが起こるかもしれないという悪い予感をさせます。具体的には、アメリカはもう譲るつもりはなく、やるべきことは全てやったと考えています。そして、ゼレンスキーが十分な感謝を示していないという話になるわけです。アフガニスタンの場合、日本は復興支援の中心的な存在として注目され、緒方貞子先生(1927-2019、元国連難民高等弁務官、アフガニスタン支援政府特別代表)が会議の主導権を取り、日本が公共事業にかなり投資しました。これを成功例だと考えていますし、活用されています。ただ、懸念しているのは、みんながこれを語らなくなったことです。それまでは日本の支援がアフガニスタンのためになっていると信じていましたが、今は語られなくなりました。東京外大のPCSプログラムには、アフガニスタンの学生が多く来ていますが、女性の学生もいました。初めて高等教育に触れることができた方々なのですが、英語がとても堪能です。アフガニスタンの方は、優秀な方は非常に優秀です。先生はどういうふうにご覧になったでしょうか?

パキスタンとアフガニスタンの国境にあるハイバル峠(提供:登利谷講師)

登利谷  日本の支援については、政治的な意味ではうまくいかなかった部分もあるかもしれません。しかし、一般の人々の生活を改善する点では、道路や水道、農業支援などが大きな役割を果たしてきました。日本は1930年代からアフガニスタンと国交を結ぶとともに関与を開始しました。戦後、20世紀の半ばからアフガニスタンへの支援を続けており、特にJICAがインフラ支援や農業支援を行ってきました。例えば、首都カブールの水道網を整備したり、農業支援を続けることで、アフガニスタンの人々の生活が改善されました。日本の支援は長期的で、一貫して行われてきたため、アフガニスタンに対する日本の信頼感は非常に高いと感じます。今後もこの信頼を生かし、外交や支援を継続していくことが重要です。

アフガニスタン東部の都市、ジャララバード市内(提供:登利谷講師)

ただし、現在のアフガニスタンの状況を見ると、40年以上続いた戦争や内戦の影響に加え、資産が凍結され、支援が滞っているため、教育や経済など人々の生活状況は非常に厳しい状況です。多くの子どもたちが学校に通えず、将来的に高等教育に進むことが難しくなっています。このジレンマを解消するためには、ターリバーン暫定政権との対話が必要です。女性の教育や人権問題について、妥協点を探りながら改善を図る必要があります。地道な努力を続けることで、少しずつですが将来的に状況を改善することが可能です。最近では、ターリバーンの幹部が日本を訪問し、意見交換を行いました。批判もありますが、彼らの考え方を理解し、今後どうすべきかを考える上で対話は重要です。

在パキスタン?アフガニスタン大使館前で手続きを待つアフガニスタンの人々(提供:登利谷講師)

吉崎  今ご指摘の点では、本当に気づかされたことがあります。まず、日本に対する信頼感についてですが、多くの人が日本の支援は2001年9月11日以降のアメリカの戦争協力によって本格化したと考えています。しかし、実際には20世紀、戦前から日本はアジアに対する関心を持っていました。もちろん、地政学的な関心もあったかもしれませんが、やり続けるうちに多くの人がアジアを好きになることもあります。

もう一つは、ダイバーシティの問題についてです。アメリカやヨーロッパの価値観とアフガニスタンの価値観を直接結びつけることは難しいです。しかし、日本は少し距離を置いて両立させるポジションにあります。国際的な信頼感を地道に築きながら、焦らずに進んでいくことが重要です。

パキスタン西部ぺシャーワル市内のバーザールを歩く女性たち(提供:登利谷講師)

「国際社会」を知るには「言語文化」

吉崎  最後に、本学で学ぶ学部生や大学院生に、社会のネットワークの中で、どのようであってほしいか、お考えをお聞きしたいです。

登利谷  多くの学生は大学に入ってくる時点で、日本や他の海外で英語の教育を受けた経験があります。しかし、日本特有の固定観念や、欧米などの他の国からの影響を受けた考えを持っている人が多いと思います。アフガニスタンやパキスタン、南アジアや中東のような地域について考えるときには、日本での教育とは少し異なる視点を持つ必要があります。同じ人間であるという前提で、違いを理解しつつ、対立ではなく共通点を見つけることが大切です。東京外大では、言語を学ぶだけでなく、異文化や宗教についての理解を深めることが重要です。イスラーム教徒についても、地域や個人によって考え方が異なります。根拠のない決めつけを避け、相手のバックグラウンドを理解することが求められます。

ぺシャーワル市内(提供:登利谷講師)

言語や文化を理解し、相手の背景を知ることが国際社会を理解するための鍵です。「国際社会」のことを知るには、「言語文化」がわからないと駄目だと個人的には思っています。ターリバーンとの交渉のように、相手の言語や文化、考え方を理解しながら対話を進めることが重要です。日本の立ち位置を活かし、欧米とは異なるアプローチで相手を理解し、対応することが求められます。この大学からは、異文化交流を偏見なく行い、相手を同じ人間として見て付き合える人が多く出てくることを願っています。国際的な場だけでなく、日本国内でも異文化交流が増えていく中で、そのような人たちが必要だと考えています。

カーフ?ル市内 鳥市場(提供:登利谷講師)

吉崎 吉崎  とても深い言葉ですね。国際交流は多くありますが、「国際理解」というのは難しいですよね。相手の言葉に耳を傾けることの重要性を感じました。アフガニスタン情勢では、期待しないような結果になりましたが、それでもそこには人が住んでいて、国があり、社会が存在します。関心を持ち続け、理解するために耳を傾けることの大切さに改めて気づかせていただきました。本当にありがとうございます。

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