たふえね×教員:地域の声で紡ぐ世界~環境課題の今~ 舛方周一郎准教授(ブラジル研究)インタビュー
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2025年11月にブラジルのベレンにおいて、COP30が開催される予定です。世界最大の熱帯雨林アマゾンを有し、水力や風力などの再生可能エネルギーが豊富な大国ブラジル。ブラジルの地域研究や政治学を専門とし、ブラジルにおける環境政策の変容を長らく研究してきた舛方周一郎准教授に環境系学生サークル「たふえね」がインタビューしました。
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インタビュアー
- 水 祥大(国際日本学部4年)(たふえね)
- 鈴木 みれい(言語文化学部 ベトナム語1年)(たふえね)
- 宮下 希彩(国際社会学部 東南アジア地域/タイ語 1年)(たふえね)
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- 左:ブラジル政府の環境軽視の政策に反対する抗議運動
- 右:ブラジル環境活動家で現環境大臣のマリナ?シルハ?氏(左)と舛方准教授(右)
―――舛方先生の著書の中に『つながりと選択の環境政治学』がありますが、「環境政治」とはどういったものなのでしょうか?
環境と開発にまつわる問題の対立と調整のメカニズムだと言えます。環境と開発の問題は切っても切り離せないもので、長い人類史の中で開発が進んだ結果として環境問題が顕在化してきました。以前は、開発の問題が先にあって、発展の次の段階で環境問題が取り上げられていました。経済の本などでも、これまで1つのチャプターとしてしか扱われていなかった環境問題が、今では環境自体が1冊の本になる時代となり、独立した重要なテーマとなっています。
著書の基となった博士論文の研究テーマは、気候変動問題の交渉に関するものだったのですが、国際的な決定をブラジルの国内政策に反映させる際の複雑なメカニズムを探りました。当時は気候変動の交渉の研究は一般にはあまり注目されていなかったのですが、最近では、パリ協定(2015年にフランス?パリで開催された国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で合意された気候変動問題に関する国際的な枠組み)やSDGs、コロナ禍、エネルギー危機を経て、環境問題が改めてクローズアップされるようになってきましたね。
ブラジルは、新興国の中でもCO2削減を義務化する野心的な法律を制定し、排出権取引の導入などでその政策を実現しました。このからくりは、ブラジルがアマゾンという広大な熱帯雨林を有していることにあります。REDDプラス(REDD+)をご存知でしょうか。森林の減少?劣化を防ぎつつ、CO2排出削減に貢献する取り組みです。ブラジルは、アマゾンの森林を活用したREDDプラスを通じて、CO2排出削減に成功しました。こうした政策の形成に関わる人々のつながりを知りたくて勉強していました。
―――ブラジルはなぜ環境問題に積極的に取り組んでいるのですか? 短期的に考えるとどんどん開発をして産業などを発展させた方が経済的にはよいようにも思うのですが。
ブラジルは、2009年頃に新興国として注目されていました。2000年代に、経済成長が著しい新興国4カ国を示す言葉として『BRICs』が生まれ、『B』はブラジルを表します。これらの国々は、経済を成長させつつ、他方で環境問題にも取り組まなければならなかった。他の国々が産業界への行動規制を行わざるを得なかったのに対し、ブラジルはアマゾンの森林を守ることでCO2削減を実現しました。実はブラジルでも2010年に、環境保全か経済発展かを選ぶことが争点の一つとなった大統領選挙がありました。当時の世論は経済を優先したともいえますが、環境を強く意識するようになった現在はブラジルも環境と経済のバランスを保ちながら、社会の発展を模索しています。
―――COP30でブラジルはどのような役割を果たすことが期待されていますか?
ブラジルはコロナ禍の前政権期にアマゾンの森林火災や伐採の問題で国際的なイメージが悪化し、「環境破壊国」という印象を持たれてしまいました。新たな政権のもとでは、ブラジルは環境問題に積極的に取り組んできた国だというイメージを取り戻したいと考えています。開催国として環境保護の領域でリーダーシップを発揮し、国際的な信頼を回復することが求められています。
また、ブラジルは新興国や途上国と欧米諸国の間でバランスを取り、気候変動問題で協力関係を築く役割が期待されています。あと10日余り(インタビュー当時)で米国ではトランプ政権が発足し、パリ協定から再離脱するのではないかと言われています。国際社会での対立が複雑化する中で、気候変動の問題は全ての国と人が共通の課題として協力できる重要な分野です。ブラジルは、BRICSの一員であり、ロシアや中国だけでなく、アメリカやヨーロッパとも対話ができる立場にあり、このCOP30を通じて国際的な協力関係を繋ぎとめることを目指しています。また、ブラジルは国際的な環境政策に対して多くのメカニズムを構築してきた推進国でもあります。COPの会議の中でそれを示していきたいと考えているのではないかと思います。
さらに、今回のCOPで交渉の大きなポイントは化石燃料の議論だと思います。ラテンアメリカは再生可能エネルギーの導入に非常に積極的です。他の国々が再エネの議論を始める前から、積極的に取り組んできました。緊張関係が続くユーラシア大陸から距離が離れていることから政治的リスクが少なく、国家間の戦争が起こりづらい地域であるため、安定したエネルギー供給が可能です。特に風力や太陽光発電に適した環境が整っており、再エネの需要が高まる中で注目を集めています。
―――環境への取り組みでは、権力者が地域の住民の声を聞かずに開発を主導することがさまざまな地域で起きていると思います。
環境問題への取り組みでは、権力者が国家全体の利益を優先した開発を進め、住民の声を無視することが多く見られます。ちょうどこの話題になったので、ぜひお見せしたいものがあります。「EJAtlas」という世界中の環境問題による地域紛争を記録?地図化するオンラインプラットフォームです。
ラテンアメリカでは多くの環境紛争が起きていることがわかります。アマゾンやアンデス山脈など、多くのエネルギー資源が存在するラテンアメリカでは、石油、石炭、天然ガスの開発が進んでいます。しかし、これにより地域住民に悪影響が生じ、抗議運動が発生しています。また、SDGsの達成のために良いことと考えられている風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギー事業が、かえって村民たちの生活を損ねてしまうという出来事も発生しました。
―――先住民の権利と開発のバランスをどのように考えるべきですか?
ブラジルは水力発電が有名ですが、アマゾン地域の中にあるベロモンテという場所において水力発電ダムの建設が先住民の生活に大きな被害をもたらしました。建設後の地域住民への手厚い説明や社会保障の充実もあり、長期的にはアマゾンの先住民の生活水準が向上する可能性もありますし、先住民に対する地域住民の理解も深まりました。しかし先住民の権利と開発のバランスを取るためには、地域住民との合意形成が不可欠です。開発が進む中で、移動手段である川が閉じられたり、感染症の脅威の前に医療が十分でなかったりと、環境被害や生活の脆弱さを抱えるのは先住民です。先住民の暮らしにとって必要となる段階的な社会の発展を進めるためには、先住民の生活を見守りながら、十分な対話と協力が求められます。ベロモンテのダム建設に関する調査では、多くの環境団体が建設を反対していましたが、実際には地域が豊かになり、多くの人が職を得たといいます。ただし、それは一部の人々の犠牲を伴うものでした。重要なのは、開発が地域の人々に利益をもたらすだけでなく、彼ら自身がどういった地域の発展を目指していくのか選択する自治を有していくことです。また先住民は常に時代の変化に適応して生きてきました。文明社会にいきる私たちが先住民の視点に立つことは完全には難しいですが、彼らと併走しながらいまの世界の環境を捉えることが重要だと私は考えています。
―――環境問題を考えるにあたって、なんで理系に進まなかったんだろうと思うことがあるのですが、地域のことを勉強している者としてできることもありますね。
環境の問題は幅広い領域にまたがるため、問題の解決のためにも多岐にわたる学問的な叡智が必要とされています。私は環境問題を政治学の視点から分析していますが、理系研究者とも共同研究をしています。理系分野の人たちと話していると、お互いに足りない視点があることがわかります。理系分野では、衛星を使った森林のモニタリングやエネルギー技術の研究が進んでいますが、地域の歴史や文化に対する理解が不足しています。理系と文系の視点を持ち寄り、地域の特性を理解しながら進めることが重要であると感じています。技術者はどうしても先進的な視点から途上国や新興国の現状を見落としがちであり、地域間の違いを認識することが大切だと感じています。環境問題を扱う上で、数式だけの議論ではなく、実態に即した形で議論することも重要です。現場の中で生じるいろいろな課題の発見が理論を軌道修正し、技術そのものやひいては社会を発展させる力を生みます。文系の私が環境政策を研究してきて良かったと思うのは、異なる文化や文脈の違いを翻訳する地域の専門家として貢献できるということですね。
【おすすめ書籍】
- 『つながりと選択の環境政治学――「グローバル?ガバナンス」の時代におけるブラジル気候変動政策――』舛方周一郎 著、2022年、晃洋書房
- 『ラテンアメリカ 地球規模課題の実践』畑惠子、浦部浩之 編、2021年、新評論
- 『Greening Brazil -- Environmental Activism in State and Society』Kathryn Hochstetler, Margaret E. Keck, 2007年, Duke University Press
- 『抵抗と創造の森――アマゾン持続的な開発と民衆の運動』小池洋一、田村梨花 編、2017年、現代企画室
- 『Environmental Politics in Latin America and the Caribbean volume 2: Institutions, Policy and Actors』Gavin O'Toole 著、2014年、Liverpool University Press
- 『ブラジルの社会思想』小池洋一、子安昭子、田村梨花 編、2022年、現代企画室
- 『アマゾン500年――植民と開発をめぐる相剋』丸山浩明 著、2023年、岩波書店