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たふえね×教員:地域の声で紡ぐ世界~環境課題の今~東城文柄准教授(南アジア地域研究?環境保全論ゼミ)インタビュー

研究室を訪ねてみよう!

環境問題は、人間活動が自然環境に及ぼす悪影響を指し、その形態は多岐にわたります。水質汚染や大気汚染などの従来型の環境問題に加え、近年では異常気象による災害リスクや農業への影響という気候変動に関する問題などが議論されるようになりました。

「たふえね×教員」企画第3弾では、南アジア地域を専門とする東城文柄先生にお話を伺いました。特にバングラデシュの事例をもとに、途上国における環境問題の現状と課題について探ります。

インタビュアー

  • 水 祥大(国際日本学部4年)
  • 渋谷(国際社会学部 西南ヨーロッパ地域/フランス語4年)
  • 宮下 希彩(国際社会学部 東南アジア地域/タイ語1年)
  • 龍 歩未(国際社会学部 アフリカ地域1年)
  • 鈴木 みれい(言語文化学部 ベトナム語1年)

取材?執筆

  • 堀 詩(言語文化学部 英語3年)(広報マネジメント?オフィス学生広報スタッフ?学生ライター)

途上国特有の環境問題へのアプローチ

私が研究しているバングラデシュのような途上国においては、環境問題が経済発展や社会的要因と密接なつながりを持ち、「従来型の環境問題」と「気候変動に関連する問題」の両方が見られます。そのため、グローバルな問題としての環境問題に関する俯瞰的な視座や定量的な研究手法に加え、地域に密着した研究からの思考が不可欠だと考えています。

実際に現場で起こっている問題と世界的に議論されている環境問題はピントがずれることがあり、それらのずれをうまく接合するために、緻密なデータ収集や現地の人と話しながら研究をする必要があるのです。

「従来型の環境問題」とは、地域的または直接的な影響を持つ問題を指します。途上国では水質汚染や大気汚染、森林破壊と生物多様性の減少、廃棄物管理の不備などが代表的ですね。これらの問題は、インフラ整備が何も追いついていない状況下での急速な人口増加や都市化、経済発展の過程で顕在化しやすいと言えます。

「気候変動に関する問題」とは、異常気象による災害リスクの増大、農業への影響、海面上昇による被害、エネルギー移行の課題などを指します。バングラデシュは非常に標高が低い国で、大きな川がたくさん集まっておりかつモンスーン地域で多雨という特徴があります。となると、最も深刻な影響を受ける環境問題は洪水です。後ほど昨年のバングラデシュの洪水の例を用いて災害状況やその対策について詳しくご説明します。

バングラデシュの人口増加状況

こちらは世界の国々の大きさを実面積ではなく人口(2018年)規模で示した地図ですが、バングラデシュやインドがかなり大きいことがわかります。2018年時点では人口重心が中国?インドを含むアジアにあり、世界的に人口の不均衡があるということは明らかですね。

次は人口1000万人以上を抱えるメガシティの分布です。主に中国やインドに集中しており、バングラデシュでは首都のダッカのみメガシティとされています。ダッカは非常に小さい地域で、中心市街は東京23区の約2/3程度の大きさです。

しかし、その小さなエリアの人口密度を見てください。1平方kmあたり3万人を超えている地域が画像の赤い部分だとすると、ダッカにいかに人口が集中しているかを読み取ることができます。同じ人口階級のスケールでダッカと東京を比較してみると、東京は最大のピクセルでも2万5千人程度で、ダッカの人口密度には全く及んでいないことがわかります。

こちらはバングラデシュの人口成長のグラフです。1972年にパキスタンから独立した直後、ダッカの人口規模は国全体の人口の2.5%に過ぎませんでした。しかし、2020年時点で国全体は1億6470万人、しかもダッカにその12.8%が集中するようになります。統計に含まれていないスラムの人口を入れると、さらに数は跳ね上がるでしょう。世界的に人口増加は収まりつつあるのですが、ダッカの人口2030年にはピークを迎え2700万人に達すると推測されています。

従来型の環境問題

人口過密に加えて、法やインフラの未発達、さらに政治的?経済的な不安定さも相まってなかなか整備が進んでいかないことが南アジアのメガシティに見られる課題だと言えます。水質汚染や大気汚染といった従来型の環境問題の対策も進んでいない中で、更に対処しなければいけない人口がどんどん増えていって、またゼロから対策を練りなおさなければ…と次から次へと問題が生まれ、問題が蓄積していくのです。

1 大気汚染について

大気汚染の度合いを数値で示したこの地図によると、バングラデシュは200以上(非常に健康に悪い、屋外活動が中止勧告されるレベル)、インド特にニューデリーは500を超えて外出禁止になるくらいの大気汚染がモニタリングされていることがわかります。政府により建設活動や車両移動数の制限が行われることもあり、呼吸器や循環器系疾患をお持ちの方は生死に関わる状況に追い込まれています。

2 森林減少について

こちらの画像は世界の森林減少のデータベースから取ってきてバングラデシュを拡大したものです。緑の部分が森林だった部分で、ピンクになっているところが森林減少した部分です。バングラデシュの森林分布は国の南東部に集中しているのですが、問題は2014年頃から速度が加速しているということです。2001年からの23年間で国内の19%の森林が消失してしまいました。

気候変動に関連する問題

気候変動に関する問題はかなり新しい話なので、皆さんにとっても初めて聞く話が多いかと思います。2021年に発表されたIPCC第6次評価報告書は、気候変動が全ての地域に影響を及ぼしており、人間の活動が多くの極端気象現象の変化に寄与していると指摘しました。要するに、地球温暖化が進むにつれて極端現象の頻度や強度がさらに増加すると予測されているということです。

1970年以降の自然災害データ(EM-DAT)によると、特に洪水災害と極端気象の件数が2000年代以降大幅に増加しており、2019年時点で自然災害全体の50.5%を洪水災害が占めていることがわかります。さらに、世界の洪水リスクの45.1%が南アジアに集中しています。

ある研究では、ダッカのスラム人口の最大70%は洪水で村に住めなくなった農民たちであるとの指摘もされています。そして結果的にスラムの人口密度はバングラデシュ平均の約200倍となり、ダッカの都市人口の約4割が都市エリアのわずか13%のスラム地区に集中することになるのです。南アジアにおける洪水は、人口増加や農業崩壊と密接に関わる大きな脅威だとわかってきたのではないでしょうか。

被災者約580万人の大規模洪水被害

2024年の8月に、1週間に以上わたって大規模な洪水被害がバングラデシュを襲いました。EM-DATによると、バングラデシュは2000年以降44回の大規模洪水が観測されており、被災者数の中央値は50万人でした。しかし今回の洪水は被災者数が約580万人と飛びぬけて多かったのが特異な点だと言えます。

ちなみに、2024年の8月に日本も台風の被害を受けましたよね。あの時は、100mmを少し超えるくらいの降水量が2日間続き、東海道新幹線が完全に止まったり、東海地区で洪水が起きたり浸水被害が起こったりしました。しかし、今回のバングラデシュの洪水では、約150mm前後の降水量が6日間続いたと報告されています。比較すると被害の規模が想像できると思います。

また、洪水後1か月が経過してもまだ水が引かなかった点にも言及したいと思います。よく洪水が起こる地域では水路の水はけを良くしておくとか、貯水池を整備するとか、ある程度の対策が取られています。反対に、今回のように普段洪水が起こらない場所に突然スポット的な大雨が降り、予期せぬ洪水被害が起きてしまうと、回復までに多大な時間がかかってしまうのです。そのため水没した生活地域でしばらく過ごさなければいけない被災者も多数いました。

2000年以降のバングラデシュの洪水の時期と規模のデータを検討すると、時代の進歩とともに、洪水に対する被害規模は抑えられるようになってきましたが、大規模洪水の発生頻度が増えていることや、洪水が発生したら高確率で大規模であることが指摘できます。

変動する気候変動対策への意識

昨年アゼルバイジャンで開催されたCOP29で、気候変動対策支援、要するに「抑制」ではなく「対策」に対する補償などが議論されました。気候変動問題が抑制のための努力だけでは対処できない段階に来てしまった今、被害を少しでも減らすために研究を進めたり資金を使ったりしなければいけないフェーズに突入した、というのが気候変動に対する基本的な認識になってきています。特に被災者?被災地支援のシステムが整っていない途上国にとっては切実な問題なのです。

2024年9月国連総会にて、バングラデシュ暫定政府首席顧問のムハマド?ユヌス教授が気候変動に適応し被害を救済するための大規模な投資が必要であると呼びかけました。しかし質の高いデータと健全なサーベイランスがなければ、先進国の投資には繋がりません。投資の必要性は理解されつつありますが、そのような研究がもっと進まない限り状況が動くことはないのではないかと感じています。

東城先生の現在の研究について

このような状況を受け、私は完全に避けられない被害にどう適応するか、どのように最小限に抑えるのかということに研究の価値を見出しています。今は三井住友銀行国際協力財団から助成金をいただいて、バングラデシュを対象とした極端気象とりわけ洪水が及ぼす社会的影響の実態および将来予想と適応に関する地域研究を行っているところです。

具体的には、リモートセンシングやGIS(地理情報システム)を利用して洪水のモニタリングを行い、洪水が起こっている地域を訪れ、降水パターンや気温の変化に起因して顕在化しつつある農業?生業への多面的な影響に関する実態調査を行っています。他にも現地の大学の研究者といっしょに、降水パターンに適応して作付けのタイミングを変えるといった気候変動に適応して農業が継続できるよう様々な工夫や、機械を導入した農作業プロセスの効率化など、現場の取り組みに関する研究も始めています。

複雑化する環境問題_経済開発と環境保護の両立を目指して

これまで、環境問題について「従来型」と「気候変動問題」に分けて、バングラデシュの状況をお話してきました。従来型の環境問題は途上国における即自的な生活の質の低下と直結する一方で、気候変動の問題というのはおそらくより長期的でじわじわと持続可能な発展を阻む要因となると懸念されます。また、人口増加や気候変動など、様々な問題が関連してくる中で包括的な解決策を講じることが求められる状況なので、環境問題の捉え方自体が複雑になってきているという気がします。

途上国にも「環境問題に興味あるよ」っていう人はたくさんいますが、やっぱりその国の経済状況や社会情勢を考慮すると環境問題ばかりに力を入れているわけにもいかず、総体としては先進国の方が汚染物質の排出も少ないし清潔なので、意識だけではどうにも解決できない問題だと思います。また、環境問題の解決には完全に連続性が切断されるくらいの大きな行動が不可欠とは感じつつ、これまでのやり方を断ち切って暴力的に実施すると今度は別の社会問題が起こってくる…そういう意味でもアプローチが難しい課題だと言えます。

現状を鑑みると、経済開発と環境保護を両立させる取り組みの重要性が実感できると思います。途上国への持続可能な技術や資源の導入、国際協力を通じた資金支援などが、効果的な解決策であることは確かです。しかし先進国にとっても莫大なお金が絡む問題であるため、先ほど申し上げたように、質の高いデータや健全なサーベイランスが両輪のようにくっついてかないと進展しないのが現実です。更なるデータ収集や研究の必要性を日々実感しています。

最後に、おすすめのデータベースを紹介します。特に環境問題に関しては、現地メディアの情報を追うことが重要です。実際に現地に行くことはもちろん有意義な研究につながりますが、まずは日本からでもアクセスできるデータを駆使して議論を立てる技術も大切だと思っています。

おすすめのデータベース

  • GFW(Global Forest Watch)
  • Our World in Data
  • ORNL LandScan Viewer
  • 世界の大気汚染
  • EM-DAT
  • GSMaP
  • USGS EarthExplorer
  • Conpernicus Browser
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