東京外大発、言語を学ぶ新ツール
TUFS Featured
世界の27の言語を専攻言語として教育し、さらに50に上る言語の授業がある東京外大は、日本における外国語教育の中心です。研究や教育の成果として、教材も多数、開発されています。今回のTUFS Today では、最新の外国語学習用教材をご紹介いたします。
インターネット教材:言語モジュール、進化中
TUFS言語モジュールは、東京外国語大学がその研究成果を活かして開発した新しいインターネット上の言語教材です。英語以外の言語教材は、主として大学生が初めて新しい外国語を学ぶための教材を想定しています。
言語モジュールは、発音?会話?文法?語彙からなっています。文法の説明を読み、音を聞き、声にだし、さらに練習問題を解きながら、学習を深めることができます。上記の言語のうち、ベンガル語とイタリア語は、今年3月に新公開されました。
英語については、アメリカ英語?イギリス英語?ニュージーランド英語?オーストラリア英語、そして子どもを対象としたTUFS Kids(発音と会話)が用意されています。
日本の中?高等学校などで使われている英語教材はいわゆる「アメリカ標準英語」がモデルになっていることが多いですが、母語話者の英語だけを比べてみても、発音?語彙?文体などの面でさまざまなバリエーションがあることが、この教材を通じて、おわかりいただけるでしょう。
現在は、チェコ語が準備進行中。作成の現場はこんな感じです。さらに、ポーランド語、マレーシア語も予定されています。どうぞお楽しみに!
さて、本学では、書籍の形でも、続々と語学教材が開発されています。東京外国語大学出版会の「大学の〇〇語」シリーズがそれ!本学で教授されている専攻言語の教科書が、徐々にシリーズ化されています。ここでは、シリーズの幕開けとなった、アラビア語とロシア語の教科書をご紹介しましょう。それぞれの中心になって執筆?編集にあたられた前田和泉先生(ロシア文学)と、青山弘之先生(アラブ政治)にお話しをききました。
『大学のロシア語』―前田和泉先生にインタービュー
——今回、東京外語大出版会から出版された『大学のロシア語』の構成をご紹介ください。
まず昨年3月に、ロシア語の初級から中級レベルの文法をしっかり学べる教科書『大学のロシア語Ⅰ 基礎力養成テキスト』(以下『Ⅰ』)を刊行しました。今回出版された『大学のロシア語Ⅱ 実力が身につくワークブック』(以下『Ⅱ』)は、『Ⅰ』に準拠した練習問題集です。『Ⅰ』で習った文法事項を定着させ、なおかつ会話練習や発音トレーニングなどもできるような構成になっています。
——執筆者の方をご紹介ください。
『Ⅰ』は、外大ロシア語教員である沼野恭子先生、匹田剛先生、そして私(前田和泉)と、2013年まで本学の特任外国人教員だったイリーナ?ダフコワ先生が執筆しました。『Ⅱ』はダフコワ先生と私の2人です。それぞれ性格も持ち味も血液型も酒量も違う4人が、うまくコラボレーションできたと思います。
——それぞれの巻は、どのような構成になっているのですか?その特徴を教えてください。
『Ⅰ』はとにかく丁寧な説明が特長ですね。ロシア語の文法は、いろいろと覚えることも多いし、複雑で、例外もたくさんあるのですが、できる限り懇切丁寧な説明を心がけました。『Ⅱ』は、多彩な練習問題と生き生きした例文がポイントです。どうしてもこういう練習問題集は単調になりがちなので、ちょっとエスプリの効いた文を混ぜてみたり、様々な場面の会話練習をたくさん取り入れました。料理のレシピやバスケットボールのスコア、電車の時刻表を使った練習もあります。すぐに使える実用的な文が多いのも、これまでの教科書とは一味違うところです。「僕は彼女に捨てられちゃったんだ」「私には生きる意味がわからない」「彼女は夫と別れてもっとお金持ちの人と結婚した」「なんであんな男が好きなの? だって彼、ひどい人じゃない!」「大変だ! サメがこっちにやって来る!」などなど、役に立つフレーズが満載です。
——表紙のデザインも素敵ですね。
でしょう? これは沼野先生のアイディアなんですけど、『Ⅰ』が赤と白、『Ⅱ』が青と白なので、2冊並べると赤、白、青でロシアの国旗と同じ配色になるんです。まあフランスやオランダの国旗も同じ配色なんですけどね。そのうち『大学のフランス語』も出してもらって、「トリコロール対決」したいです。
——どんな点に、一番、苦労されたのでしょう?
それはもう、締め切りとの闘いに尽きますね(笑)。なにしろ、この2冊の教科書を使って授業をすることが決まっていたので、これを作らないと今年度の1年生の授業が成立しないわけです。箱根駅伝で繰り上げスタートぎりぎりのところを走っているランナーみたいな心境でした。私は普段、4年に1回ぐらいしか風邪をひかない人間なのですが、教科書のストレスのせいか、この1年で4回も風邪をひいてしまいました。病院に行ったら、「免疫力が落ちています。仕事を減らして充分に休養をとってください」と言われました。ええ、そうなんです。だから、しばらくは私に仕事を回さないでください。
——では、出来栄えには満足ですね!
私たちができるベストは尽くせたと思います。ただ一つ悔いが残るのは、『Ⅰ』の中に、「CSKAでプレーしていたサッカー選手がバルセロナへ移籍した」という例文があるんですよ。『Ⅰ』を作っていた時点ではまだ本田圭佑選手がCSKAモスクワでプレーしていたんですが、その後、ACミランに移籍してしまったので…。読みが甘かったですね。
——東京外大では、この教科書を使って、どんな授業が行われているのでしょう?
1年生のロシア語の授業は週に5回あって、そのうち4回は日本人教員、1回はネイティヴ教員の授業です。日本人教員は、『Ⅰ』で文法を教えて、『Ⅱ』でそれに対応する部分の練習をします。ネイティヴ教員は『Ⅱ』のコミュニカティヴ?トレーニングの部分と発音練習を担当します。ネイティヴの授業は少人数グループなので、かなり鍛えられるはずです。ちなみに、『Ⅰ』も『Ⅱ』も、練習問題には別冊の模範解答が付いているのですが、これは初回授業の時に学生たちからは没収します。そのへんは抜かりないでしょう?(笑)
——本学でロシア語を専攻している方以外の人も、自習用にも使えますか?
実は、市販する前に、学内のみの「試作版」を作って使っていました。その時点では、外語大の授業で使いやすいように、という視点から作っていたのですが、市販するにあたっては、独習者にも使えるものにすることを意識しました。編集者にもその点でかなりダメ出しされました(苦笑)。でも最終的には、一般の学習者にも使い勝手のいい教科書になったと思います。一般読者からは別冊解答を没収したりしませんから、しっかり自分で答え合わせをして、ロシア語の腕前を磨いてほしいと思います。
——これでしっかり勉強すると、どれくらいの力が身に付くものでしょう?
この2冊をしっかりマスターしたら、あとはどういう分野でロシア語を使うにせよ、自力でどうにでもなると思います。
——この教科書は、先生方の研究の賜物かと思います。どんなところに、それが生かされているか、教えてください。
匹田先生はロシア語文法、沼野先生と私はロシア文学?文化が専門なので、そのあたりはうまくバランスがとれたのではないでしょうか。文法をしっかり学びつつ、ただ文法だけではなく、文化的な要素にも触れられるよう、いろいろな作家や画家、作曲家、ロックミュージシャン、歴史上の人物などがさりげなく登場します。私は文学の中でも特に詩を専門に研究していますが、発音トレーニングの部分では詩も使っています。ロシアでは詩がとても愛されているんですよ。ロシアの子供がロシア語を学ぶ時は、必ず詩を読みます。詩の言葉に触れながら、ロシア語のリズムを肌で感じてもらえると嬉しいですね。
——最後に、この本を手にとる人へのメッセージをお願いします!
手にとるだけでなく、ぜひ買ってください(笑)。ロシア語は難しいというイメージがあるかもしれませんが、ひとたび足を踏み入れると、そこには様々な発見や楽しみが満ちあふれています。この教科書を道しるべにして、ロシア語という豊かな森の中を思いっきり散策してほしいですね!
『大学のアラビア語』―青山弘之先生にインタービュー
——東京外語大出版会から出版された『大学のアラビア語』の構成をご紹介ください。
『大学のアラビア語』は現在、「詳解文法」(2013年4月)、「発音教室」(2014年3月)、「表現実践」(2013年10月)の3巻が公刊されています。
——執筆者は、どういう方でしょうか?
「詳解文法」の著者は本学教授の八木久美子、青山弘之、外国語主任教員のイハーブ?アハマド?エベードの3人です。「発音教室」の著者は、2011年まで本学で外国語主任教員を務められ、現在エジプトのカイロ大学文学部日本語日本文学科准教授のハナーン?ラフィーク?ムハンマド氏と横浜国立大学国際戦略推進機構教授の吉田昌平氏の2人です。「表現実践」は、「詳解文法」の共著者でもある青山弘之、イハーブ?アハマド?エベードの2人です。
——それぞれの巻の特徴を教えてください。
「詳解文法」は、本学出版会のブログ(2013年6月7日付け)でも詳しく紹介しましたが、初級文法だけでなく、アラビア語を駆使して大学で勉強や研究を行ううえで必要な高度な文法についての情報を、なるべく短期間で習得することをめざしています。アラビア語は、日本ではまだまだなじみが薄い言葉ですので、教科書の多くは初級レベルに力点が置かれてきましたが、この教科書は、本格的にアラビア語をマスターしようとする学習者が「次のステップ」に進むことを念頭に置いています。
「発音教室」はこうした目的に沿って、発音と聞き取りの習得に特化するかたちで制作されました。アラビア語には日本語にはない音が多く、またネイティブ?スピーカーの生きたアラビア語に接する機会もないので、学習を進めるうえで、誤った発音が「化石化」してしまい、語学力の向上を妨げる原因ともなってきました。そこでこの教科書では、発音の基礎知識についての解説を踏まえたうえで、付属のDVDの聞き取りと発音練習を通じて、アラビア語のフスハー、さらにはエジプト方言の発音と聞き取りの能力向上をめざしています。
「表現実践」は、ある程度のアラビア語能力を身につけ、実際にアラブ世界を訪れるであろう中?上級の学習者が、各自の問題意識や関心に沿ってアラビア語を駆使し、自らを表現するのに必要な実践的な技術や文化的背景を学び取ることをめざしています。具体的には、アラブ世界の文化、政治、社会などを主題とした対話、意見交換、議論のひな形を提示することにより、現地での日常生活のなかでアラビア語やアラブ世界についての知見を深めるためのテクニックの習得に力点を置きました。
——一番、苦労された点はどんなところでしょう?
アラビア語のように日本でなじみの薄く、難解だと思われている言葉は、その学習過程において、読み書きができるようになったり、話すことができるようになったりすることそのものが目的になり、言葉を学んで何をしたかったのか、というそもそものところが曖昧になってしまうことがあります。しかし、ほとんどの学習者にとって、言葉はそれを習得したうえで、「何かを学び取る」ためのツールです。最初に言った「次のステップ」というのは、言語についての高度な知識、という意味ももちろんありますが、それだけではなくて、この「何かを学び取る」という意味もあると考えています。一番苦労したのは、教科書の構成、解説の順序、例文や練習問題の内容を、このようなニーズにどう合わせていくかということでした。
——東京外大では、この教科書を使って、どんな授業が行われているのでしょう?
本学では地域言語アラビア語の1年生春学期に「詳解文法」を教科書として使い、文法についての授業でその内容を網羅的に解説し、会話や聴解などの授業で、その習得に向けた実践的な練習を行います。この教科書はまた、1年生の秋学期以降は、読解、会話の授業のなかで登場するより複雑な構文などを解説するための参考書としても使っています。さらに教養外国語アラビア語においても、Aの文法の授業で「詳解文法」を教科書として用いていて、春学期と秋学期の1年間を費やして文法についての基本情報の解説を行っています。「発音教室」は、こうした授業での発音、聞き取りなどの参考書として使用することを進めています。
「表現実践」は、地域言語アラビア語の1年生秋学期の読解と会話の授業の教科書として使っています。読解の授業では、この教科書で「ナーディー形式」と読んでいる対話の例文を音読、解読し、会話の授業でこの例文に沿って、アラビア語での会話、議論の練習をします。
なお「表現実践」の後半部分には、「メディアにおけるアラビア語」と題した解説項目があります。これは新聞レベルのアラビア語を読んだり、新聞?テレビでの報道内容を聞き取って、それについて意見を交わしたり、議論をするための準備段階として用意されています。新聞解読については、2年生の春学期以降、本学において始まった「日本語で読む中東メディア」(「日本語で読む世界のメディア」)プロジェクトの枠組みのなかで、実際に学生が記事を選択、翻訳し、インターネットを通じて公開しています。
教養外国語アラビア語では、このプロジェクトを通じて、自らのアラビア語の実践的な能力を高めるだけではなくて、日本ではあまり報道されないアラブ世界の生の情報を社会に向けて発信することを、到達目標の重要な柱として位置づけています。
——東京外大のアラビア語専攻以外の人にも、自習用にも使えますか?
もちろんです。本学では、教養外国語アラビア語のAの文法の教科書として「詳解文法」が使われています。また「詳解文法」だけでなく、「発音教室」、「表現実践」にも、さまざまな練習問題が用意されています。「発音教室」には、ネイティブ?スピーカーと接する機会がない学習者を想定して、DVDの付録も用意しました。
——これでしっかり勉強すると、どれくらいの力が身に付くものでしょう?
少し前にも言いましたが、地域言語アラビア語ですと、新聞やテレビの報道内容を理解できることが到達目標の主軸の一つになっています。この教科書を使用して、さらにどのような力が身につくかは、学習者のみなさんの問題関心や目標によって異なってくるかと思いますが、「大学のアラビア語」というシリーズ名が示しているように、日常会話はもちろんのこと、大学、さらには大学院での研究に必要な語学力を獲得するうえでも大いに役立つと確信しています。
——最後に、この本を手にとる人へのメッセージをお願いします。
中東地域、とりわけアラブ世界は、政治であれ、宗教?文化であれ、経済であれ、メディアなどで頻繁に取り上げられるようになっています。でも、アラブ世界で暮らす人々が実際にどのように暮らし、どのように考えているのかについては、意外なほど知る機会がないように思います。紛争、過激な宗教?宗派、石油といったイメージや偏見が先行してしまい、またアラブ世界についての情報も依然として英語などを介して間接的に伝えることが多いというのが現状です。
こうしたイメージや偏見を越えて、より世界に直接的に触れるための不可欠な最初のステップがアラビア語を学ぶことです。「大学のアラビア語」シリーズが学びとるべき歴史や文化の宝庫である未知のアラブ世界への道しるべとして学習者のみなさんのお役に立つことを著者一同願う次第です。