TUFS Today
TUFS Today
特集
東京外大教員
の本
TUFS Today
について

TAKT授業のデザイン 批判的対話がつむぐ笑顔の教室

刊行
著者等
田島 充士(監修)、藤倉 憲一(編著)、武元 康明(編著)
出版社
福村出版

内容の紹介

異質な考えの他者との愛ある批判的対話が子どもと先生を変える。
世界とつながる授業デザインの理論と実践。

監修者のコメント

田島 充士(大学院総合国際学研究院/准教授)

本書の企画は、「実社会で真に必要とされる知識を創るという対話力を学校教育は提供できるのか」という問いから始まりました。この問いのもとに、大阪市内の小学校教諭らで構成される『新授業デザイン研究会』と共同で開発した「TAKT授業」の研究成果をまとめたものです。現代の多文化共生社会を生きる子どもたちにとって、多様な意見を持つ者と批判的な知識構成を行える能力は必要です。また同時に、自分の意見に対して批判を行う者との間に人間的な信頼感を構築できる能力も大切です。このTAKT授業では、本書の副題にも掲げた「批判的対話がつむぐ笑顔の教室」をコンセプトに、この二つの能力を子どもたちに育成することを目指しました。以下、本書の内容について解説します。

学習指導要領において「対話的学び」が掲げられて以来、学習者同士の話し合いによる知識構築がいっそう、重視されるようになりました。しかし単に話し合いといっても、相手が自分たちと知識の学習文脈を共有する「仲間」か、それとも知識の学習文脈が異なる「他者」かでその性質が大きく異なります。他者とは教室の知識の学習文脈を子どもたちと共有しない人物ですから、仲間と比較して、よりていねいな関連知識の説明を行うなどの工夫が必要です。またこの他者は、説明内容が不明確であれば「納得がいかない」と否定的な評価(批判)を下すような相手です。ですから、この他者との交流は知識を共有し肯定的な評価を下す仲間を相手にするより困難な課題になります。私はロシア(旧ソ連)の哲学者ミハイル?バフチンの対話理論を研究してきた視点から、前者を「対話」、後者を「会話」と呼びました。そしてある小学校の講演会で、両者を区別して話し合い学習を進めることの重要性を訴えました。

この私の話に着目したのが、新授業デザイン研究会代表の藤倉憲一氏でした。藤倉氏は小学校の授業には対話がほとんど見られず、また対話と会話の区別さえ意識されていないことを問題視しました。そして教室の中で、他者の視点を持つことで対話を行えるよう支援することが、子どもたちが自律的に学習を進める上で重要と私に訴えました。またヘッドハンターとして著名な武元康明氏(現sagasu株式会社代表取締役)とも議論を行い、知識の種類?質や社会的な文化背景が異なる他者との対話を行えることが、グローバル化が進む実社会で活躍する上で必須の能力であることを確認しました。

そこで藤倉氏?武元氏、そして新授業デザイン研究会のメンバーと共同で開発を進めた教育デザインが、本書で紹介する「TAKT授業」です。TAKTとは、「他者(T1)」「愛情(A)」「会話(K)」「対話(T2)」の要素を組み合わせた造語です。

TAKT授業は、基本的に子どもたちが対話(T2)を展開することを支援する実践です。ただし対話の展開を目指すといっても、私たちは会話(K)が果たす役割の重要性を無視することもしませんでした。むしろ批判的な評価を下す他者(T1)を意識した対話を行えるようになるためには、その前提となる共有知識を獲得するためにも、仲間との会話を通じた学習を十分に行うことが必要と考えました。つまり私たちはTAKT授業を通じ、子どもたちが会話中心の話し合いから、次第に対話中心の話し合いへと成長していくことを重視したのです。

またこの授業では子どもたちが互いの意見について批判を行い、互いに納得のいく物語を構築しあう過程が必要になります。自分の意見について耳の痛い批判を受けるのは、大人でも快い経験ではありません。しかし実際に授業を開始して私たちが驚いたのは、相手の発表本番での自尊心を保障する批判的な対話を通じ、かえって話し合いに参加する者同士の愛情(A)が増加し、学級の結束力も高まったという事実です。

TAKT授業では「災害が生じるメカニズムについて地域の人々に説明する」「(指導要領改訂で学習しないで卒業する)6年生に対して音の仕組みについて理解してもらう為、音博物館を創り招待する」「病気の恐ろしさを小さな弟や妹に訴えて感染対策を考える」など、他者が生きていく上でためになる学習目的を設定しました。このように人の役に立つという目的意識を持つと、子どもたちは、自分たちの自尊感情が満たされるためか驚くほど自律的に学習を始めました。その過程で他者への説明資料を作る者は、説明の聞き手である他者の視点を想像したクラスメート(想定他者)から多くの批判を受けます。しかし学習成果を「他者のために役立たせたい」と考える子どもたちは、その批判を自分たちの活動への支援と捉え、「批判されてよかった」「自分一人では気づかない点を指摘してもらって助かった」などと相手に感謝するようになりました。

私たちはこの授業実践を通じ、子どもたちが指示されたことをするだけではなく、「人のためになりたい」という根源的な動機に動かされるということに気付かされました。そして授業内で交わす想定他者との対話がその動機を満たすものとして認識される場合、厳しい否定的評価があるからこそ本番で他者からありがたいものとして受け止められるという事実も発見したのです。本書の副題を「批判的対話がつむぐ笑顔の教室」としたのは、私たちが発見した、このメカニズムの重要性を強調する意図がありました。

この発見は、学級崩壊の予防?回復研究で著名な河村茂雄先生(早稲田大学)にも関心を持っていただきました。私は2023年に日本教育心理学会?研究委員として河村先生と共同で対話教育に関するシンポジウムを企画し、その時にTAKT授業に関する研究成果を発表しました。その時に河村先生から「子どもたちが教室外の他者の視点を持つことは多様性を認め合う学級運営に役立つ」「批判を交わし合うことで子どもたちの信頼が増すという事実は重い」とのご指摘をいただきました。そしていじめなどの問題を防止し、子どもたちの人間関係を支援し得る授業デザインとして、本書の推薦文を書いていただきました。

多様な考え方を持つ他者との協働を前提とする「多文化共生」の実現は、現代においてその達成が急がれる喫緊の課題です。その中で、異質な視点を持つ他者との対話に耐えるコミュニケーション力と情報整理力を獲得すると同時に、この他者との情動的信頼感の醸成をも促進し得るTAKT授業は、多文化共生社会に生きる子どもたちを支援する有力な方法として、高い社会的意義を持つものと考えています。教育に関心を持つ多くの方々に、本書を手に取って私たちの実践を読んでいただけることを願っています。

PAGE TOP