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南アジア映画の魅力を日本に届けたい:藤井美佳さんインタビュー

世界にはばたく卒業生

本学TUFS Cinemaでの上映作品の字幕翻訳にもご協力いただいている字幕翻訳者の藤井美佳(ふじいみか)さん(外国語学部ヒンディー語卒業)。今回のTUFS Todayでは、藤井さんにインタビューしました。

インタビュー?取材担当:言語文化学部ヒンディー語3年?村上梨緒(むらかみりお)さん(広報マネジメント?オフィス学生取材班)

——はじめまして、本日はよろしくお願いいたします。藤井さんのインタビューを読んだことも語科の決め手の一つなので、お会いできて嬉しいです。藤井さんは字幕翻訳者として多くの作品の翻訳を手掛けており、本学が世界諸言語の映画の上映とトークセッションをおこなうイベント事業「TUFS Cinema」でも、いくつかの作品で字幕翻訳を担当されていると伺いました。本日は、字幕翻訳のお仕事や大学時代についてお話をお伺いできればと思います。
お仕事でやりがいを感じるのはどんな時ですか。

藤井さん

関心のある分野の翻訳を任された時はやりがいを感じます。2?3年前に岩波ホールで上映された『ガンジスに還る』という映画がその一つです。以前、別の映画で仕事をしたご縁で本作品の字幕翻訳のお話をいただきました。人生の終焉を迎えようとする父とその世話をすることになった息子を描いた映画です。家族の仕事の関係で、生死について考えることもあり、巡り合わせを感じました。翻訳者としては、岩波の映画にかかわることができたのもありがたいことでした。私の仕事は、次の仕事が約束されているものではないので、いつも「これが最後かもしれない」という気持ちで、力を尽くして仕事に取り組んでいます。満足していただける翻訳をすることは当然ですが、それだけではなく、人と人とのかかわりを大切にしていきたいと思っています。

——特にお仕事で印象に残っていることなどがあれば教えてください。

TUFS Cinemaで上映する作品の交渉の際、いろんな方に助けていただいています。『あるがままに』の上映のためインドに行った時、そこで知り合った方のご縁で、映画評論家の方から新聞のインタビューを受けたことがあります。ボリウッド映画の字幕翻訳者についての取材でしたが、これにより、同じタイトルの映画を翻訳した世界各国の翻訳者について知ることができたのは楽しいことでした。

——翻訳者の方同士で交流する機会って少なそうですもんね。 藤井さんは、インド映画の他に英語字幕の翻訳も手がけていらっしゃると伺いました。字幕翻訳の際に気をつけていることはどのような点でしょうか。

本学在学中に、学業と両立して翻訳学校に通っていました。そこで学んだことでもありますが、映画字幕は観る人の鑑賞の妨げになってはいけないと考えています。その点は常に意識していますね。

——英語字幕とは異なり、インド映画ならではの特色や工夫が必要な点はどんなことがありますか。以前、藤井さんが担当された『ガリーボーイ』を鑑賞したのですが、ラップばかりなので大変そうだと思いました。

違いを感じるのは、やはり歌の訳でしょうか。英語の映画にも歌が入っていますが、権利の問題などもあり訳されないこともあります。ヒップホップをモチーフにしたインド製の映画は、もっと小規模なものなら映画祭で見たことがありますが、『ガリーボーイ』のような規模で製作されていることを知った時は、いよいよ来たんだなと思いました。「ラップの翻訳は難物だ、失敗したら大変だ」と思いつつ、がんばって仕上げたような記憶があります。ラップの字幕については、いとうせいこうさんの監修を受け、日本語の韻を踏みつつヒンディー語の意味を生かしていく作業に時間をかけました。

——苦労話を伺って、改めて『ガリーボーイ』を鑑賞したくなりました。いろいろな作品を手がけていらっしゃいますが、そんな藤井さんだからこそ伝えたいインド映画の魅力はありますか?

インド映画の翻訳は、アジア映画研究者の松岡環(まつおかたまき)さんが多くの功績を残されてきました。私は本当にここ数年なんです。私は英語とヒンディー語の字幕翻訳者ですが、インド映画の上映本数が限られていたため、仕事を始めてから長らく、英日の翻訳を主に行っていました。その後、インド映画に関係する仕事もいただくようになりましたが、ここまで仕事を続けてこられたのは、松岡さんが気にかけてくださったおかげです。
「インド映画」とひと言で言いますが、ヨーロッパ全土の映画と比較できるくらい多様性があって、今も新しい映画が生まれていて、観るたびに「観たことない」って思います。今年の夏に公開される『ジャッリカットゥ 牛の怒り』という映画がありますが、この監督であるリジョー?ジョーズ?ペッリシェーリは、映画としての娯楽性を十分保ちつつ、一方で人間の本質に迫るような問いかけをする、深みのある作品を撮っています。また、『セクシー?ドゥルガ』や『水の影』など、日本の映画祭でも紹介されてきたサナル?クマール?シャシダラン監督の映画も、他のどんなインド映画とも違う印象がありますね。私の知り合いはサナル監督を「インドのゴダール」と評していました。こうした映画は海外ですでに評価されています。日本では、まだどうしても歌とダンスのイメージに引きずられている印象があるので、インド映画の多様な世界を知ってほしいなと思います。私は学生の頃、視聴覚室で昔のインド映画をよく鑑賞していました。インド映画ってものすごく厚みがあるんですよ。そのような作品を観る機会が増えていくことを願っています。

インドから監督を招いて上映会を開催(TUFS Cinema『マントー』2019年7月)

——藤井さんなどのご貢献を通し、これから日本で多様なインド映画が鑑賞できることを楽しみにしています。最近「自分は社会にとってどんな存在でありたいか」と考えることが多いのですが、藤井さんは今のお仕事を通して社会にどんな影響を与えたいと考えていますか。

インドをはじめ南アジアには、本当に良い映画が沢山ありますので、そのような映画が、インド映画ファンだけではなく、より広い人々に届くといいなと思っています。とはいえ、世の中の人は映画ばかりを観ているわけでもなく、いくら映画を観てもらいたいと思っても、あまりよくない字幕のついた映画を見せられたら、二度と観に行ってもらえないと思います。私は映画を撮っているわけでも脚本を書いているわけでもなく、翻訳を通してそれを伝えるだけの役割しかありません。そういった意味でも、仕事をしている限りは自分の仕事の質を維持し、責任を持って、映画を作った人や脚本を書いた人の役に立ちたいと考えています。

——伝達する役割を担っているのですね。本学がおこなっている世界諸地域の映画上映会「TUFS Cinema」では、藤井さんにとてもお世話になっていると伺いました。TUFS Cinemaは、どのようなきっかけで始めることになったのでしょうか。

国立民族学博物館(大阪)で「みんぱく映画会」の企画を行っている方から、当時インドでも大変な話題となっていたナグラージ?マンジュレ監督の『ファンドリー』の上映を東京でも行ってみないかと誘われたのがきっかけです。「みんぱく映画会」では、上映とともに映画解説も行っています。私たちは映画を見て理解したつもりになってしまいますが、そこに専門家の解説が入ることで理解に深みが増すことがあります。同じような上映会をするなら、東京外国語大学なら実現できそうだと思い、かねてよりお世話になっていた、当時、アジア?アフリカ言語文化研究所教授だった町田和彦(まちだかずひこ)先生に相談をしたところ、学部時代の恩師であるウルドゥー語科の萬宮健策(まみやけんさく)先生にお願いしてみなさいと言われ、「TUFS Cinema」の枠で南アジア映画特集として4作品を上映することになりました。この時は他の映画も合わせて4作品を特集上映しましたが、各回好評で、多くの方々にご来場いただきました。その後、他の言語?地域にも「TUFS Cinema」上映会が展開されていったと聞いています。

TUFS Cinema南アジア映画特集『わな おじいちゃんへの手紙』上映後のトーク(左:藤井さん、2017年6月)

——私も『マントー』と『神に誓って』を観ました。作品を選ぶところから藤井さんに関わっていただいていますが、工夫している点を教えてください。

映画を観てくださってありがとうございます。作品を選ぶ際は、いろんな方に助けていただきながら交渉をしています。いろいろな事情から、最新作を上映する予定はありません。差別や格差、老いや介護、社会の分断など、南アジア映画特集では、テーマに沿って作品を選んで来ました。私に字幕制作の知識が多少なりともあったため、日本未公開作品を紹介することもできました。2016年に上映した『神に誓って』は萬宮先生のご希望ですが、それ以外は、作品選びから交渉、物の受け渡しなども含め、各方面でお世話になっている方のアドバイスを受けながら自分で行っています。チラシやポスターは、イベントの顔にもなりますから、デザイナーの伊藤滋章さん(ヒンディー語同期のご家族)にお願いしました。上映にまつわる準備は多いですが、好きで始めたことなので、やりがいを感じます。友人の子が小学2年生だった時、ジャヤラージ監督の『わな』を観に来てくれましたが、ハッピーエンドではない映画を生まれて初めて見て、何かを感じ取ってくれたようだと聞いた時はうれしく思いました。

イベントの顔となるチラシにもこだわる

——学生生活についても伺いたいです。東京外国語大学の学生生活で印象に残っていることはありますか。

やはり外語祭は印象に残っています。私が在学していた頃は、キャンパスが北区の西ヶ原にあり、もっとこぢんまりとしていました。府中キャンパスでは、円形広場をぐるっと一回りするような形で料理店を出店しているそうですが、西ヶ原キャンパスでは教室を使って料理店をやっていたんです。仕込みのために学校の近くで一人暮らししている子が犠牲になっていました(笑)。私の代は語劇を行わなかったので、語劇に関しては何も言えないのですが???。

——そうだったんですね。私の代は、中国体彩网手机版の感染予防のために外語祭では語劇を上演できなかったのですが、今年の1月にインド大使館で上演することができました。その際に何人かと一緒に字幕を作成して、字幕制作の大変さがわかりました。字幕というお仕事をしている藤井さんは卒業後もヒンディー語にどっぷり浸かっていると思いますが、卒業してから気づく東京外大ならではの魅力はなにかありますか。

なぜヒンディー語をやっているのかと聞かれた際に、東京外大出身というと納得してもらえます。好きでかじっているだけではないということが伝わり、信用してもらえるのかもしれません。これは大変な恩恵だと思います。また、東京外大に入学して、その道の一流の先生方の授業を受けられたのは、大変貴重な経験だったと今になって思います。ヒンディー語の田中敏雄(たなかとしお)先生からは多くの事を教わりました。世界の中に入りこんでその中で歴史や宗教を見て研究された先生の口から出る言葉は素晴らしく、いまだによく思い出します。1年生の時、日本で初めてスワヒリ語の辞書を作った西江雅之(にしえまさゆき)先生の「言語人類学」という授業を履修しました。西江先生とは、どういうわけだったか、その授業後に、その授業でしか会わない1学年上の学生さんとポルトガル語科の先生と4人でお茶をしたことがあります。西江先生の話は、雑談から人生についてまでいろいろでしたが、人間の叡智に触れた感じがしました。このような恵まれた環境に身を置くことができたのは、東京外大ならではだと思いますね。

——そのような先生方との距離の近さは、学生数が少ないメリットでもありますね。学生が少ないからこそ先生と接する機会も多いのかなと他の大学に通う友人の話を聞いて思います。ヒンディー語専攻は20数名で、二年生までは同じ先生に同じメンバーで教わるので横とも先生とも繋がりを感じて、そういう点は他の大学と違うなと思っています。

最後に東京外大生や若い人にメッセージをお願いいたします。

映画に興味があり、大学に通いながら翻訳学校にも通っていました。当時はなんと忙しい毎日かと思っていましたが、大人になって振り返ると、学生時代は随分と時間があったものだと感じます。勉強でも遊びでも何でもいいですが、学生さんには、自分の興味のあることに向かって突き進んでほしいと思います。自分のためにすべての時間を費やせる経験は二度とやってこないんです、二度と。いったん社会に出てしまうと、勉強だけしていればいい時間は限られてきますので、学生時代という猶予期間を大切にしてほしいです。私の仕事は八割くらいが調べものですが、その時間を作るのもやっとです。思い切って行動に移さない限り、欲しいものは何も手に入りません。したいことを存分にしてください。

銀座メゾンエルメスのプライベート?シネマLe Studioでは、ブランドの年間テーマに沿った映画の上映会が行われており、2008年のテーマが「Fantaisies Indiennes ~インド~」でした。前の年に出産をしたばかりで、なかなか身動きも取れませんでしたが、その時を逃せば二度と見ることができないと思い、思い切って子供を預けて出かけたのを覚えています。4作品上映されましたが、その時に、松岡環さんから『偉大なるムガル帝国』の翻訳者として推薦していただきました。初めての育児でくじけそうになっていましたが、「字幕の仕事もまた頑張ろう」と思えたのがこの時でした。ステキなパンフレットだったので、大切に取っています。

思い出の品であるLe Studioのパンフレット

——-人生の転換点なのですね。本日はありがとうございました。

インタビュー後記
卒業論文にて南アジア映画について取り上げたいと考えていたところ、今回憧れの方にインタビューする運びとなりました。字幕翻訳者として第一線でご活躍されている方であるため緊張していたのですが、藤井さんの魅力的で気さくなお人柄のお蔭で、素敵な時間を過ごすことが出来ました。同じヒンディー語科であるため共通の話題で盛り上がることもあり、とても楽しかったです。
インタビューの後半で仰っていた「自分の時間を自分だけのために使えるのは今だけ」という言葉が印象に残りました。忙しい毎日ですが、折り返しを迎えた今後の大学生活を有意義に過ごしていきたいです。
藤井さん、お忙しい中お時間を割いていただき誠にありがとうございました。
取材担当:村上梨緒(言語文化学部ヒンディー語3年)

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