ご卒業おめでとうございます!(2018年度卒業式?学位記授与式)

2019.03.26

2019年3月26日(火)、2018年度卒業式?学位記授与式がアゴラ?グローバル(プロメテウス?ホール)において行われました。午前に行われた第1部では外国語学部6名、言語文化学部387名が、午後に行われた第2部では国際社会学部394名、大学院博士前期課程126名、大学院博士後期課程の12名が卒業?修了し、学位を授与されました。

立石博高学長式辞

当日の様子(動画)はこちら


記念撮影

本学混声合唱団コール?ソレイユによる大学歌合唱

卒業証書?学位記授与

立石博高学長、学長式辞

吉田ゆり子外国語学部長/国際社会学部長祝辞

八木久美子言語文化学部長祝辞

青山亨大学院総合国際学研究科長祝辞

長谷川康司東京外語会理事長祝辞

道宗千恵子学生後援会会長祝辞

名物27言語、教員メッセージ(写真はロシア語、浜野アーラ先生)

名物27言語、教員メッセージ(写真はマレーシア語、ファリダ?モハメッド先生)

名物27言語、教員メッセージ(写真はベンガル語、スジット?クマル?マンダル先生)

本学管弦楽団による祝典曲演奏

卒業式後、専攻ごとに分かれ卒業証書を教員から授与 

【第1?2部】平成30年度卒業式 立石博高学長式辞



 この4月1日に、社会人として広く世界に向けて巣立っていく外国語学部卒業生の皆さん、同じく言語文化学部、国際社会学部卒業生の皆さん、また、さらなる学究の意欲に燃え、大学院進学の道を選ばれた皆さん、そして、大学院博士前期課程、後期課程のそれぞれで学位を取得され、新たな歩みを始めようとする皆さん、皆さんの新しい門出を祝い、東京外国語大学長として、餞の言葉を述べさせていただきます。

 今日、外国語学部を卒業される皆さん、そして言語文化学部あるいは国際社会学部を卒業される皆さんのなかには、海外留学などのために留年されたかたもおられると思いますが、4年で卒業されるかたは、2015年4月に入学されています。その入学式で、私が皆さんにお話ししたことを覚えていらっしゃるでしょうか。

 この入学式式辞のなかで私は、本学を卒業した瀬田万之助さんが郷里の両親にあてて書いた手紙の一部を皆さんに紹介しました。ここで繰り返させてください。

 ?マニラ湾の夕焼けは見事なものです。こうしてぼんやりと黄昏時の海を眺めていますと、どうしてわれわれは憎しみ合い、矛を交えなくてはならないかと、そぞろ懐疑的になります。避け得られぬ宿命であったにせよ、もっとほかに、打開の道はなかったものかと、くれぐれも考えさせられます。
 あたら青春を、われわれはなぜこのようなみじめな思いをして暮らさなければならないのでしょうか。若い有為の人びとが次々と戦死していくことはたまらないことです。
中村屋の羊羹を食べたいと今ふっと思い出しました。?

 瀬田さんは、一九四一年四月に東京外国語学校支那語貿易科に入学し、四三年九月繰り上げで卒業し、一二月に入営して、四五年三月七日、フィリピンのルソン島クラーク付近で戦死されました。享年二一歳でした。学徒出陣で多くの若者が亡くなりましたが、その一人が、この瀬田さんでした。瀬田さんが死の二日前に郷里の両親にあてた手紙が、戦没学徒の遺書を集めた遺稿集『きけわだつみの声』に収められているのです。

 ほぼ同じ年頃にある方々は、この言葉に感動を覚えられると思います。それは、瀬田さんの境遇にすなおに「同情(sympathy)」を覚えられたからではないでしょうか。
 しかし皆さんは、4年間あるいは5年間の本学での学びを通して、卓越した言語運用能力とコミュニケーション力を身につけられ、現代社会のさまざまに錯綜する複雑な仕組みを分析し、物事を的確に判断する力を得られていると思います。したがって、皆さんはいま、「同情(sympathy)」を抱くに留まらず、「共感(empathy)」できるようになっていると確信します。たしかにsympathyとempathyは似た言葉で、ときに混同されます。ですが、これはしっかりと区別する必要があります。たとえば、戦争の犠牲者をみて怒りや悲しみを感じるのはsympathyで、彼らの苦しみや悲しみを理解して何かをなそうと行動するのがempathyです。瀬田さんのような悲劇を生み出した歴史を二度と繰り返さないことへの強い意志、それが「共感(empathy)」力です。
 グローバル化の潮流と自国ファーストの動きが錯綜し、これからの21世紀社会の中で皆さんは、ますます混迷した状況に直面するでしょう。そうした状況の中で、異なる文化、異なる価値観をもった人々との共生、インターカルチュラリティ(異文化理解?多文化共生)実現のためには、相手の気持ちを理解し、しかし相手と自分を同一視することなく、自分たちのニーズとともに彼らのニーズにも応えようとすることが大切です。こうした意味での「共感(empathy)」力がまた、いま求められているのです。
 しかし、「共感(empathy)」は必ずしも複雑な事柄の問題解決にはつながりません。物事を的確に判断し、問題解決のための具体的な政策提言がなされないのであれば、自己満足の独り善がりに留まることになってしまいます。皆さんは、本学で「世界教養プログラム」の科目履修などを通じて幅広い教養(Liberal Arts)を身につけられているはずです。教養とはよく誤解されるのですが、けっして実践と切り離されたものではありません。福沢諭吉が『学問のすゝめ』で述べたように、実学とは「人間普通日用に近き」学問で、それらは自然科学に加えて歴史学、経済学、倫理学などであって、それらこそが、人間社会の問題解決につながる思考方法とスキルを提供し、人間を自由人とする技芸(arts)なのです。どうか皆さんは、本学で修得された人文社会諸科学(Social and Human Sciences)の基礎である「事実立脚性」と「論理整合性」という学問的ルールを生涯の学びのなかでも守り、ポストトゥルース(脱真実)の動きに惑わされないようにしてください。そして、本来の実学が提供する実践知を活かしつつ、適切な「共感(empathy)」力をもって、取り組むべき諸課題にチャレンジしていってください。

 ここで、日本で人権擁護のために活躍してきたイーデス?ハンソンさんの言葉を紹介させてください。「会ったこともない人々の人権を守るためには、想像力が必要です。想像力を持てるのは人間だけであり、生きている範囲を広いものにします。」
 皆さんが、本学のキャンパスライフで培った豊かな想像力と共感力を十分に発揮して、「会ったこともない人々」を自分たちと同じように大切にする、そういう地球市民(Global Citizen)として活躍されるよう心より願っています。

 最後にお願いがあります。皆さんが学生生活を過ごした母校である東京外国語大学との「絆(きずな)」をこれからも大切にしていただきたいということです。国立大学をとりまく環境は、国全体の財政状況の悪化のなかで、ますます厳しさを増しています。皆さんには、「東京外国語大学と連携し、外語大ブランドをともに高めていく」同窓会組織である東京外語会の活動に加わっていただき、さまざまな支援をしていただきたいと思います。
 2023年の東京外国語大学を想像してみてください。1873年(明治6年)の建学の年から150年目の本学の姿です。OB?OGの皆さんからの篤い財政的支援と人的支援に支えられて、本学は「地球社会化時代における教育研究の拠点大学」、つまりグローバル?ユニバーシティーとなり、このキャンパスで日本人学生と世界各地からの留学生が、「文化の壁を乗り越えて」ともに学び合い、切磋琢磨していることでしょう。

 私は、学長任期6年間を終えて、この春に皆さんと同じように本学を離れます。今日は、私にとっての卒業式でもあります。ですが、私は4月以後も東京外国語大学Tokyo University of Foreign Studiesをさまざまに応援する決意です。卒業される皆さんも、母校を末永く支援してくださいますよう心より願っています。

 以上、皆さんのご活躍を祈念して、学長の式辞とさせていただきます。

2019年3月26日  
国立大学法人 東京外国語大学長 立石博高

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