2018年4月末から5月初めにかけて、ブルガリアでの学会発表の帰りにモスクワに寄った。まず驚いたのは空港で電車のチケットを買う時の窓口の対応であった。なんとお釣りを数えながら渡してくれたのである。私は2009年から2010年までモスクワに留学をしていたのだが、お釣りを投げ渡されたことはあるが「確認してくださいね」と言われながら渡されたことなど1度もなかったのである。その後もスーパーで買い物をした時に「袋はいりますか?」と言われて「いいえ」と答えたのだが、「本当に袋がなくて大丈夫なの?」と聞いてもらえたり、地下鉄の駅で荷物の検査をされたとき、検査が終わった後に警官が「良い旅を」と言ってくれたりと、1つ1つのことに感動を覚えながら短い滞在期間を過ごした。しかしサッカーのW杯前だったので、もしかしたらW杯が終わったら元に戻ってしまうのでは?という一抹の不安を覚えたのは事実である。
そしてその4か月後、9月7日~14日まで博士論文のためのアンケート調査で再びモスクワを訪れることができた。結果は、W杯前のままであった。どこに行っても店員の対応がよいのである。お釣りを数えて渡されることも1度ではなかったし、「またお越しください」とも何度も言われた。9年前に留学していた時には10か月の滞在でたった1度しか聞くことのできなかったフレーズである。聞くたびにいちいち感動していたのだが、もはやそれが普通なのかもしれない。
そして、格段に便利になったと感じたのが地下鉄である。英語の車内放送が始まり、「トロイカ」というチャージ式交通カードが登場したのである。50ルーブル(約100円)がデポジットとしてとられるが、メトロだけではなくバスや路面電車にも使える。さらにこれを使うと1回の運賃が安くなるのである。モスクワの地下鉄は1回いくらというシステムで、どこまで行っても同じ値段なのだが、1回券を買うと55ルーブル(約110円)なのがトロイカでは36ルーブル(約72円)になるのである(2018年9月現在)。ただし、窓口でしか買えないので注意が必要である。
トロイカと言えば、日本人には「走れトロイカほがらかに鈴の音たてて」という歌詞の同名の歌がよく知られているが、なぜトロイカという名前なのか?と友人に聞いてみたところ、昔は3頭立ての馬車がポピュラーだったからカードの名前もトロイカなのだと思うと言っていた。カードのデザインも3頭の馬である。さらに、ロシア語学が専門の私にとって真っ先に思い浮かぶのは、ロシア語の動詞のアスペクトという分野でよく聞く「体(たい)のトロイカ」である。これは、1つの完了体動詞に2つの不完了体動詞が関係している場合に用いる術語であるが、学問の分野でも使われるほどトロイカという言葉はロシア人にとって馴染みの深いものであるということがわかる。
さて、この国は政治の世界では恐ろしい印象がぬぐえないかもしれないが、私が1週間のモスクワ滞在を通じて抱いたのは、少なくともサービス面では「おそロシア」が影を潜め、ソフト路線を強めているという期待である。ちなみに、日本でよくコマーシャルで用いられるロシア民謡「一週間」はたいていのロシア人は知りません。歌ってみせても首をかしげられるのでご注意を。
写真:トロイカカード
東京外国語大学 大学院総合国際学研究科
言語文化専攻
博士後期課程 光井 明日香
【掲載日:2018.10.11】