多文化教育研究プロジェクト 連続セミナー「多文化共生としての舞台芸術」第6回「舞踊」

日時

2021年8月31日(火)14:00~15:30

場所

Zoomウェビナーでのオンライン開催

講師

永田宜子(ながたよしこ)

新国立劇場 前研修主管参事(元舞踊チーフプロデューサー)。
早稲田大学教育学部卒業。1988年から1996年まで牧阿佐美バレエ団勤務。1994年11月から3ヶ月間文化庁芸術家在外研修生として欧米8ヵ国20余の劇場やバレエ団の実情を調査研究。1996年に新国立劇場に入り新国立劇場バレエ団の立ち上げを行う。劇場開場の1997年から2011年までの全バレエ公演に係ったほか、2005年からは舞踊チーフプロデューサーとして、バレエ部門とともにコンテンポラリーダンス部門の責任者を務める。2011年から2020年は劇場の次世代芸術家育成機関?研修主管でオペラ、バレエ、演劇の3研修所を統括。 劇場外の主な活動は、中野区教育委員会もみじ山ホール開館事業企画委員会企画委員(1991年)、社団法人日本芸能実演家団体協議会?芸能推進委員会委員(1991年)、文化庁地域文化施設の在り方に関する調査委員会委員(1995年)等で地域と劇場連携についての提言。また、東京外国語大学、武蔵野美術大学、昭和音楽大学、北海道教育大学の特別講師、東急セミナー講師として、「劇場のアートマネージメント」「舞台芸術の楽しみ方」「バレエ制作現場と次世代芸術家育成事業の魅力」「舞踊史にみるバレエ的発想と日本人力」などをテーマとした講演を行っている。

内容

バレエの変遷と現在

太古の昔から人々は踊ってきました。すべての民族は固有の舞踊(ダンス)を持つといわれ、舞踊の歴史は人類の歴史と重なります。日本では、古事記や日本書紀に弟スサノオノミコトの悪戯に手を焼いて天岩戸に身を隠した天照大神がアメノウズメノミコトの踊りにより再び姿を現したことが記されています。世界では、スペインやフランスの洞窟に残された25,000年ほど前の旧石器時代の壁画に人々が踊る姿が描かれています。バレエはそうした舞踊史の中で比較的新しく、500?600年ほど前のイタリア文芸復興期に誕生しました。現在、世界の多くの国は国を代表するプロダンサーを擁するバレエ団をもち、舞台活動を展開しています。本セミナーでは、知っているようで知らなかったバレエの変遷と興隆の歴史についてお話しながら、社会とともに人間の身体のあり様がいかに変化したかに迫ります。また、世界のバレエ界に共通するバレエを踊るための体?技?心に触れつつ、私が「バレエ的発想」とよぶ考え方に言及したいと思います。2021年を生きる私たちは、環境、エネルギー、感染症などの地球規模の問題に直面していますが、バレエとその歴史を知ることで多文化共生の意義や未来を切り開くためのヒントを見つけられたら幸いです。


事前に次の動画を見ておいていただけますと、セミナーの理解がより深まります。3種類ありますが、いずれも 3~10分ほどです。時間のない方は、最初の動画だけでも結構です。
よろしくお願いいたします。

備考

  • 一般公開
  • 参加費無料
  • 事前申込制
    参加ご希望の方は、8月30日(月)17:00(日本時間)までにこちらのフォームよりお申し込みください。

主催

東京外国語大学 総合文化研究所

共催

東京外国語大学 語劇支援室

予告 多文化教育プロジェクト 連続セミナー

  • 第7回「日本の古典演劇」小早川修(能楽師)
  • 第8回「日本の現代演劇」内野儀(学習院女子大学教授、アメリカ演劇?日本現代演劇)

お問い合わせ先

沼野恭子 nukyoko[at]tufs.ac.jp ([at]を@にかえて送信してください)

講演報告

 8月31日に行われた第6回「舞踊」では、新国立劇場バレエ団の立ち上げに関わり、同劇場の元舞踊チーフプロデューサーの永田宜子(よしこ)氏にお話を伺った。

 そもそも、バレエは「イタリアで生まれ、フランスで発展し、ロシアで完成された」と言われるように多文化が交錯しながら成立した舞台芸術である。詳細なバレエの歴史は書籍などをご参照いただきたいが、19世紀のロシアでイタリア人やフランス人のバレエダンサーや教師が活躍したように、バレエの世界では母語が異なる者同士で作品を作り上げることが昔から珍しいことではなかった。

 成立過程を見るとバレエには国による差異が無いかのように思えるが、フランスのバレエはコケティッシュで、ドイツは緻密で、ロシアはダイナミックで、イタリアは軽やかで、イギリスは演劇的な要素が強い、といったように個性が存在する。そして、観客の側も、自分とは異なる文化圏のバレエと出会ったときには、それを否定するのではなく新しい感性として受け入れるのである。

 このように「異質を受け?れる?が人とバレエを強くした」のであるが、具体的には?分たちと別の価値観とどのように向き合っているのだろうか。わかりやすいのが古典バレエの改訂版の存在である。『白鳥の湖』は初演から100年以上経った現在でも世界中で観ることができるが、初演をそのまま再現しているのでない。各劇場が、自らが表現すべきだと考えること、観客が観たいと求めていること、社会の状況などに合わせて、振り付けや音楽のテンポ、結末までもアレンジすることが許されている。『白鳥の湖』では、王子とオデットが命を落とすパターンもあれば、二人で悪魔ロットバルトを倒すパターンもあるが、どの結末であろうとも『白鳥の湖』として間違っているとは見做されないのである。

 同じ作品といえども、国やバレエ団によってそれぞれ個性を作り出そうとしているが、同時に普遍性も持ち合わせている。なぜならば、バレエは特定の?語に依拠しない、?間の?体を通じた芸術表現であるためだ。世界のバレエ界では「バレエはインターナショナルな芸術表現である」という共通の認識を持っている。そして、バレエを上演しようとするとき、「芸術の独?性」と「芸術の普遍性」がぶつかり合いを繰りかえす。永田氏によると、そのぶつかり合いこそがバレエを創る者の永遠のテーマであり、そこに?まれる「他者(異質)へのリスペクト」が魅力となって人々を惹きつけている。

 質疑応答では人種差別について質問が多数寄せられた。古代インドが舞台の『ラ?バヤデール』など異国情緒を売りとしたバレエ作品では、黒塗りメイクや現地の民族舞踊や伝統衣装の模倣が見られる。そういった部分はカットや振り付け?衣装の変更が行われることが多い。しかし、元々の演出を芸術的な表現と捉え、手を加えないことも可能である。その場合はプログラムなど書面で説明することが大切であり、「なんとなく」上演することは許されない時代であると永田氏は回答している。

 また、世界各国のバレエ団は外国人にも門戸を開いている。新国立劇場では、異なるバックグラウンドを持ったダンサーが加わることによって表現の幅が広がったそうだ。重要なのはダンサーの個性がバレエ団の方向性と一致していることで、バックグラウンド自体ではないのである。

 このように、バレエ界は人種差別に対してはセンシティブな態度を取っている。しかしながらダンサーの人種やジェンダーは個性の一つで、その差異を否定してはならないと、永田氏は補足している。男女の差異を完全に無くしたら、高いジャンプやリフトは出来なくなって単調なものになってしまう。自分の特質や強み?弱みを認識して、それらを打ち出せるような舞台を作り続けることでバレエの未来は拓かれる。

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