1アグタ

2あぐた

Agta

Dumagat, Ita, Alta, Arta, Negritos

6フィリピン、ルソン島東部太平洋岸を南北に貫くシエラマドレ山脈に住む狩猟採集民の総称である。その分布は北からカガヤン、イサベラ、オーロラ、キリノ、ヌエバエシハ、ケソン、カマリネス・ノルテ、カマリネス・スールの各州に及ぶ。アグタは10の民族・言語グループに分けられ、各地で異なった名称で呼ばれている。例えば、カガヤン州ではイタ、キリノ州ではアルタ(Arta)、オーロラ州ではドゥマガットやアルタ(Alta)と呼ばれる。現在の人口は約9000人と推定されている。アグタの形質的特徴である黒褐色の肌、低い身長(男平均153cm、女平均144cm)、縮れた頭髪はネグロイド系人種の特徴であり、フィリピンのマジョリティを形成するモンゴロイド系の人々とはきわだった違いを見せている。かつてはアフリカのネグロイド(黒人種)と関係を持つと考えられていたが、最近ではネグリトは約23万年前に東南アジア大陸部からフィリピンへと移動し、その後フィリピン諸島内で小進化をとげ、現在見られるような形質的特徴を獲得したと考えられている。このような形質の違いは、非ネグリト系民族による根強い蔑視を生んでいる。アグタの言語は他のネグリトと同様にオーストロネシア語族の系統にあり、各地のアグタに隣接する非ネグリト系民族の諸言語と最も近い類縁関係をもっている。アグタ社会は、親族関係にある57つの核家族(構成員平均5,6人)から成る30人前後の集落を基本単位としている。集落は、森に隣接する河原などの開地や海岸の浜辺に形成されており、森林内の樹冠の下で集落の生活が営まれることはまれである。アグタは、ほとんどの場合、核家族ごとにひとつの住居に住んでいる。家屋形態は、簡単な差し掛け小屋(ニッパヤシの葉を木の骨組みに葺いた衝い立てを斜めに差し掛けた簡素な住居)か縦横約2x2mの床面積を持つ、高さ1mほどの小さな高床住居である。このような単純な住居構造は、組立て・解体にかかる負担を軽減すると同時に、狩猟採集の生業活動を成立させる要件のひとつでもある遊動性を高めるものとなっている。ある研究では、3週間から1カ月の周期でアグタの集団が移動したという事例が報告されている。また家族ないし個人単位での移動(離合集散)もしばしば見られ、そのひとつの例が紛争解決のための集団からの離脱あるいは追放である。集団の法的規制も弱く、確固たる政治組織やリーダーが存在しない狩猟採集民社会においては、一般に、集団からの離脱・追放が紛争を解決する有効な手段としてみなされており、この点はアグタ社会においても同様である。アグタの結婚は一夫一婦制で、まれに非ネグリト系農耕民(低地キリスト教民)との婚姻も見られる。婚後の居住方式は双処居住で、夫婦が夫方と妻方の双方を往来する例もしばしば見られる。この柔軟さはアグタの社会的ネットワークをいっそう広げるものとなっており、食料の欠乏など不測の事態に陥った際には幅広いネットワークが頼りとなる。宗教は、キリスト教の影響も受けているが、基本的には精霊信仰(アニミズム)である。人々は、悪霊や死霊を恐れ、これらが自然や健康、豊かさや貧しさを左右すると判断する。また男女双方の、入魂型のシャーマンが存在し、治療儀礼を実施する。アグタは生業活動として、熱帯雨林に棲むシカやイノシシ、サル、トカゲ、鳥、魚などの狩猟(弓矢・槍猟)・漁撈活動(銛漁)、ハチミツ、籐、樹液などの採集活動、そして小規模ではあるが焼畑でのトウモロコシ、サツマイモ、陸稲などの作物栽培を行っている。さらに森林産品を元手として、隣接する非ネグリト系農耕民と米、酒などの食品や灯油、乾電池、山刀、衣類などの生活用品を交換する。農作業の手伝いをしたり、アグタが切り開いた農地を貸与した場合は、農耕民から謝礼として食品、生活用品、現金を受け取る。交換は特定の相手との間で行われることがほとんどで、パラナンのアグタは交換相手と交換関係をイバイ(ibay)と呼んでいる。イバイの関係はアグタ・農耕民双方ともに親から子へと継承され、それは双方の社会で制度化されている。アグタと農耕民との間に見られる交換は、両者がそれぞれ狩猟採集と農耕という異なる技術体系を用いて、森林と低地という異なる生態環境を利用し、そこで得られた産物を互いに交換して補い合うという社会的・経済的な相互依存関係を成立させる。この種の相互依存関係は約3000年前、オーストロネシア語族である非ネグリト系農耕民がフィリピン諸島に移動して来た後には成立していた、という見解が歴史言語学・考古学の資料を元にして提出されている。その後この相互依存関係は、現在まで存続してきたと考えられる。しかし20世紀に入ってからは、他州からの農耕民の移住、商業資本による森林伐採や放牧地の開発によって両者の関係の均衡は崩れ、アグタの生活環境は著しく悪化し、もはや狩猟採集活動だけでは生活が不可能となり、焼畑耕作や籐の採集・販売、賃金労働など、可能な限りの機会を利用して生存を計っている。

7→ネグリト(フィリピン)、アイタ、ドゥマガット、バタック、ママンワ

P. B. Griffin and A. Estioko-Griffin, The Agta of Northeastern Luzon: Recent Studies. Cebu City, San Carlos Publications, 1985 / T. N. Headland and B. P. Griffin, A bibliography of the Agta Negritos of Eastern Luzon, Philippines, Dallas, Summer Institute of Linguistics. Online. URL:http://gopher.sil.org/silewp/1997/004/SILEWP1997-004.html

/ J. D. Early and T. N. Headland, Population Dynamics of a Philippine Rain Forest People, Gainesville, University Press of Florida, 1998 / J. T. Peterson, The Ecology of Social Boundaries, Urbana, University of Illinoi Press, 1978.

9小川英文

 

1ネグリト(フィリピン)

2ねぐりと

Negritos

6フィリピンのネグリトは20以上の民族・言語グループに分けられ、各地で様々な名称で呼ばれている狩猟採集民である。その分布はルソン(アイタ、アブルルン、アグタ、イタ、ドゥマガット、アルタ、アッタ)、パラワン(バタック)、パナイ(アティ)、ネグロス(アティ)、セブ、ミンダナオ(アタ、ママンワ)などフィリピンの多くの島々に及んでいる。ネグリトの形質的特徴は、フィリピンのマジョリティを形成するモンゴロイド系の人々とはきわだった違いを見せているが、それはネグリトが約25000年前の後期旧石器時代に東南アジア大陸部から移動し、フィリピンで小進化を遂げて現在の形質を獲得した結果と考えられている。ネグリトの諸言語はいずれもオーストロネシア語族に属し、各地の隣接する非ネグリト系民族の諸言語と最も近い類縁関係を持っている。すべてのネグリトは狩猟採集民であるが、ほとんどの場合、近隣の非ネグリト系農耕民と森林産物を食料・現金に交換する共生関係が見られる。森林伐採や農耕民の移住によってネグリトの生活基盤である森林が減少し、現在は焼畑耕作や森林産物の交換、農作業による賃金労働など、あらゆる生存の機会を利用して生計を営んでいる。ネグリトの人口は約15000人であるが、貧困や疾病によって死亡率は高まり徐々に減少している。

7→アイタ、アグタ、ドゥマガット、バタック、ママンワ

F. M. Lebar (ed.), Ethnic Groups of Insular Southeast Asia, Vol.2, New Haven, HRAF Press, 1975.

EWC, Vol.5, 1993.

K. Omoto, The Negritos:Genetic Origins and Microevolution, In R.Kirk and E.Szathmary  (eds.), Out of Asia:Peopling the Americas and the Pacific:123-31, Canberra, Journal of Pacific History, 1985

清水展『出来事の民族誌−フィリピン・ネグリート社会の変化と持続』九州大学出版会、1990

R. B. Fox, The Pinatubo Negritos:Their Useful Plants and Material Culture, Manila, Bureau of Printing, 1953

9小川英文

 

1イシナイ

2いしない

Isinay

Isinai

6フィリピン、ルソン島中部ヌエバビスカヤ州に住む水田および焼畑稲作農耕民。人口4000人。言語は中央コルディリエラ諸語と類縁関係を持つ。ルソン島北部および東部海岸地域への交通の要衝に位置するため他の民族との混交が進み、言語以外の民族的要素は判別しにくくなっている。

7→イロンゴット、イバロイ

9小川英文

 

1イタウィス

2いたうぃす

Itawis

Itawit, Tawit

6フィリピン、ルソン島北部カガヤン州南部に住む水田および焼畑稲作農耕民。人口10万人。言語・文化的に近隣のイバナグに類似する。18世紀後半以降、タバコ栽培の中心地カガヤン河西岸へシエラマドレ山脈西麓から移住する。

7→イバナグ

9小川英文

 

1カシグランニン

2かしぐらにん

Kasiguranin

6フィリピン、ルソン島北東海岸のオーロラ州北部、カシグラン湾を中心とする低地に住む水田稲作農耕民。言語はタガログ語に類似。戦後イロカノ、ビコラノなどの移住により、低地農耕民の中でもマイノリティに転じている。狩猟採集民アグタと食料・労働力・土地の交換関係を成立させ、維持している。

7→アグタ

J. D. Early and T. N. Headland, Population Dynamics of a Philippine Rain Forest People, Gainesville, University Press of Florida, 1998.

9小川英文

 

1パラナン

2ぱらなん

Paranan

Palanan

6フィリピン、ルソン島北東部海岸、イサベラ州パラナン湾の低地に住む水田稲作農耕民。人口1万人。言語はタガログ語と類縁関係を持つ。パラナン南部のカシグランニン同様、狩猟採集民アグタと食料・労働力・土地の交換関係が見られる。

7→カシグラニン、アグタ

J. T. Peterson, The Ecology of Social Boundaries, Urbana, University of Illinoi Press, 1978.

9小川英文

 

1マラウェグ

2まらうぇぐ

Malaweg

Malaueg, Malweg

6フィリピン、ルソン島北部カガヤン州の南西、マタラグ川流域低地に住む水田稲作農耕民。その言語はイタウィスと類縁関係を持つ。18世紀後半以降はフィリピンで最も良質といわれるタバコの栽培が盛んとなったが、それがこの地へのイバナグ、イタウィスの移住を誘発した。

7→イタウィス、イバナグ

9小川英文

 

1ヨガッド

2よがっど

Yogad

Yokad

6フィリピン、ルソン島北部イサベラ州に住む水田稲作農耕民。人口17000人。言語的・文化的にガッダンとの関係が深いが、現在では、19世紀にこの地に移住してきたイバナグやイロカノとの混交が進み、言語以外の民族的要素は判別しにくくなっている。

7→ガッダン、イバナグ、イロカノ

9小川英文

 

【以下、見よ項目】

1アタ

2あた

Ata

7→ネグリト(フィリピン)

9小川英文

 

1アッタ

2あった

Atta

7→ネグリト(フィリピン)

9小川英文

 

1アティ

2あてぃ

Ati

7→ネグリト(フィリピン)

9小川英文

 

1アブルルン

2あぶるるん

Aburlun

Aburlin, Baluga

7→ネグリト(フィリピン)

9小川英文

 

1アルタ

2あるた

Alta

7→ネグリト(フィリピン)

9小川英文

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