海野 多枝 UMINO Tae
- 役職
- 大学院国際日本学研究院 教授
- 研究分野
- 第二言語習得論, 応用言語学, 日本語教育学
教室外での"実践"が第二言語習得の鍵
私のテーマは応用言語学、中でも第二言語習得論です。これを主に日本語教育学の分野から研究しています。大学、大学院で日本語、英語、言語学を学んだ後、ロンドン大学で応用言語学の博士号を取得しました。私は子供の頃、父の仕事の関係で米国に暮らしました。英語に接したこともなかったのに、現地の学校に放り込まれて、まさにゼロから第二言語習得を体感することになりました。これが私の原点です。最初は級友の話していることがさっぱりわかりません。やがて周囲の会話がわかるようになっても、こちらからは会話に参加できない状態が続きました。ふとしたきっかけで英語を使って友人と話せるようになりました。これを学問的には「実践コミュニティへの参加を通じて、新たなアイデンティティを獲得する過程」と説明できることを知るのは大人になってからです。
若い頃、国際交流基金が企画した映像教材(「Let's Learn Japanese」シリーズ)の制作に関わり、講師役として出演する経験を積みました。このシリーズは豪、米、東南アジアなど、世界各地のテレビで放送され、アジア各国では番組のビデオを使って日本語を独学する人もいます。本学で開発した多言語マルチメディア教材(「TUFS言語モジュール」)の開発にも関わる機会を持つことができました。これらの教材は、教室での教材として利用できる一方で、言葉を独学したり、教室外で自習したりするリソースとしても役立ちます。
さて、ここで一人の学生の例を挙げましょう。東南アジアからの留学生です。彼は「日本人との会話の仕方」や「関係の築き方」がわからず大変悩んできました。日本で日本語を学習していても、教室外で友人と交わることはまた別問題だからです。本来の楽しい自分も出せない状況が続きました。ところが、日本人の同級生グループと親しくなって、彼の自宅がサロンのようになったことがきっかけで、どのように日本人と会話すればよいかを身につけ、日本語能力が飛躍的に伸びていきました。
このように、日本語(第二言語)学習者が、教室外の多様な参加の機会やリソースへのアクセスを通じて、どのように日本語(第二言語)の能力を発達させていくかという点に着目し、さまざまな切り口からデータを蓄積しているところです。
ここで、1つのことに気づいてくれましたか。日本では従来「応用言語学=英語教育学」といった捉え方が一般的でした。ところが、応用言語学には各目標言語に共通する枠組みがあります。この研究成果を国内で広めることにも意義がありますが、世界の人々、研究者と共有するためには、事実上の世界言語である英語で研究発表し、論文を執筆する必要があります。私のゼミでは英語の文献購読も重視しながら、他の言語教育と肩を並べるものとして日本語教育を捉え、世界に発信できる人材を育てたいと思います。
実は、こういう文脈で日本語教育を捉えることには強みがあります。私がロンドン大学留学や国際学会等を通じて経験したことですが、応用言語学の世界では、英語母語話者が英語教育を中心に研究することが、まだまだ主流でした。「極東のマイナーな国の言葉」の習得をテーマとした研究成果は、世界の応用言語学の分野では、あまり共有されていないことが次第に明らかになってきました。ところが、「マイナーな言葉」だからこそ見えてくる視点があり、英語圏だけを見ていたのでは見えてこない事象を見出せることがあります。それは彼ら英語母語話者にとっても興味深い視点となり得ます。
これは、日本語教育を学び、研究する人々にとってはチャンスともいえます。これから日本語教育の世界に飛び込もうという人にとっては、外国語、特に英語で発信する力を身につけることは大切なことでしょう。外国語を身につけた経験があれば、日本語教育を受ける人々の気持ちがよくわかるでしょう。そして、皆さんには新しい世界が開けます。これらの経験から全く違う多様な考え方の人々を受け入れ、自分自身を相対化することで、世界の人々と新しい世界を形作ることもできるようになると考えています。