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2013年4月 月次レポート(佐藤貴之 ロシア)

活動報告書(4月)

派遣先:ロシア国立人文大学大学院
執筆者:佐藤貴之

 今月は三月末に開催された国際学会の主催研究機関が出版する成果論集に提出する論文の執筆に専念した。
 三月はゴーリキー記念世界文学研究所とカザニ国立文化?芸術大学で拙論「日本におけるM.ゴーリキーの戯曲『どん底』の現代的解釈について」を報告したが、学会終了後に得られた見識を反映し、修正を加えて拙論をカザニ国立文化?芸術大学に提出した。同論文で研究報告を行った世界文学研究所には、別の論文の掲載許可も出していただいたことにより、拙論「『日本印象記』に関するゴーリキーとピリニャークの論争について」を提出することとした。しかし、こちらの論文は資料収集が終了した段階で、本論は書きあがっていなかったため、今月は収集した資料の読み込みに加え、ピリニャーク創作と関係の深いゴーリキーの作品分析を集中的におこなった。
 執筆者自身、ゴーリキーの代表作(『どん底』、『母』、『私の大学』など)に関しては一定の認識を持っていたが、あくまで日本語訳で読み知っていた程度であり、特に初期創作などは把握していなかった。マルクス主義に傾倒する前のゴーリキーの初期創作(社会主義リアリズムの模範とされた長編『母』以前の創作)は、中期以降の創作で顕著になってくるプロレタリア文学の特徴が見られない以上、ソ連時代に積極的な評価活動が行われることはまれであった。むしろ、初期創作ではヨーロッパ?ロシアを放浪する旅人のテーマや、東洋的テーマに着想を得た作品など、青年期におけるゴーリキーの極めて繊細な世界観が結晶している。当然のことながら、マルクス?レーニン主義、社会主義リアリズムが金科玉条として君臨していたソ連文学史では、プロレタリア文学に特有の階級闘争のテーマが取り扱われない以上、ゴーリキーの初期創作は未熟な作品として見なされることがもっぱらであった。
 ただし、昨今のロシアにおけるゴーリキー研究では、まさにこの初期創作を再評価する動きが強い。その例として、L.A.スピリドーノワ(世界文学研究所)は、初期創作のゴーリキーを「銀の時代」(ロシア芸術のルネサンス)における散文作家として位置付け、プロレタリア文学ではなく、ロシア?モダニズム運動の枠組から取り扱うような動きが見られる。
 さて、ゴーリキーとピリニャークの関係に目を転じると、後者は弾圧された作家であり、ソ連時代の文学史からは名前を消されていたこともあり、「社会主義リアリズムの父」ゴーリキーとの関係について言及することは許されなかった。ソ連崩壊以降になってゴーリキー?アーカイブの資料が次々と公開されたことに伴い、ゴーリキーと同伴者作家との関係が着目されることになった。その典型的な例として、N.N.プリモーチキナ(世界文学研究所)は著書『作家と権力』(1998年)でゴーリキーと同時代を生きた同伴者作家(エセーニン、クリューエフ、クリーチコフ、ブルガーコフ、ザミャーチン、ピリニャーク等々)の創作関係を取り扱い、ゴーリキーと初期ソヴィエト文学者の領域において先駆的作業を行った。拙論「『日本印象記』に関するゴーリキーとピリニャークの論争について」はプリモーチキナの著作をはじめとする先行研究を踏まえたうえで執筆作業を進めた。

以上。

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