2012年8-9月 月次レポート(佐藤貴之 ロシア)
活動報告書(8-9月)
執筆者:佐藤貴之
派遣先:ロシア国立人文大学
7月は日本スラヴ人文学会で研究報告を行ったが、その学会誌発行に伴い論文提出が求められており、その執筆を行う上で必要となる資料をレーニン図書館で収集した。今回の作業では十月革命前夜に発足した「スキタイ人」、「自由哲学協会」(ヴォリフィーラ)という文学サークルに関する資料収集を目的とした。対象とした人物は文学史家イワノフ=ラズームニク、詩人のS.エセーニンやN.クリューエフ、哲学者のE.ルンドベルグなどである。エセーニンは国民的詩人として現代でもたいへん評価が高いため、論集や伝記の類は次々と刊行されているが、その他の活動家らに関する資料は極端に乏しい。そのため、所蔵されている図書館となると、やはりレーニン図書館などの主要国立図書館に限られてしまう。
そのほか、博士論文で重要な位置を占める詩人のA.ブローク、作家のB.ピリニャーク、A.プラトーノフに関する資料収集も幅広く行った。今回の作業では、ブロークとピリニャークの影響関係に関する論文が数点見つかった。これはコロムナ教育大学で教鞭をとるA.アウエル教授が執筆したものである。今後の論文執筆で非常に有効な論考が掲載されている。
近年の人文学研究はいずれも財政難のせいか、発行部数が大変少ない。したがって、数年前に出版された研究書でさえ購入することが難しい場合が多く、いずれも書き写し、またはコピーなどに限られてしまう。また、筆者が使用している1917年前後の資料は劣化しているものが多く、コピーは禁止されているケースが多い。その場合は書き写しに限られるため、膨大な時間がかかってしまう。今月はそうした古い資料収集も重点的に行ったため、大いに手間取ってしまった。
今回、資料収集の対象とした知識人らはボリシェビキの十月革命を受け入れるも、革命前までは社会革命党の機関紙で作品発表を進めていたため、革命以降はボリシェビキからの厳しい監視下に置かれていた。従って、彼らの創作をつぶさに検証していくと、権力と文学の闘争過程を読み解くことが出来る。筆者が提出する論文では、革命後に生じた価値、パラダイム転換の中で芸術家たちの間に生じた派閥争いの様相を分析している。また、今回の作業を通して確認したことであるが、日本におけるロシア文学研究では詩人の創作、中でもエセーニンやクリューエフ、オレーシンといった、いわゆる新農民詩人Новокрестьянские поэтыらに関する研究が非常に少ないという現状である。ブロークやベールイ、ツヴェターエワといった都市の詩人、またマヤコフスキーやフレーブニコフをはじめとする未来派に関する研究はさかんに進められているが、今後は農村から都市へとやってきた詩人らの創作がソヴィエトの文壇で占めた立場や功績なども検討されていくべきであろう。
また9月上旬には指導教官のオレグ?レクマーノフ教授とお会いし、御指導を賜った。教授とは博士論文の構想、章立てについてはすでに何度も検討しているが、ひとまず執筆内容の具体的項目と提出の期日を確認するとともに、派遣二年目で推し進めるべき論文投稿の計画を審議した。教授からのアドバイスもあり、来年度は「文学の諸問題」と「ロシア国立人文大学論集」に提出することを目指す形で確認を取った。前者は文学研究者の登竜門ともみなされる非常に権威的な研究誌で、研究者としての立場をロシア国内でアピールするうえでも有効である。一方、後者は大学出版会が推し進めている定期刊行物であり、比較的難易度は易しいと思われる。前者には日本とロシアの比較文学的考察を、後者にはすでに執筆済みの論文を加工して提出したいと考えている。
以上。