2009年6月 月次レポート(秋野有紀 ドイツ)
月次レポート(6月)
博士後期課程 秋野有紀
2009年6月1日に私はITP-EUROPAの支援を受けて、ドイツはヒルデスハイム大学の文化政策研究所に派遣されました。日独の大学の共同指導による両言語での博士論文を仕上げ、提出するためです。
日本ではまだまだ珍しい研究領域である文化政策についての講義やゼミが、この大学には数多くあります(しかしドイツでもまだ新しい学問領域なので、総合大学で文化政策研究所を持つのはヒルデスハイムだけです)。公共政策学、文化経済?アーツマネジメント、広報?コミュニケーション学、文化思想?哲学、政策思想、政治学、歴史学、EU研究、文化法、文化社会学、人類学、芸術学?芸術教育学、アート?メディエイション、行動分析、統計学などの様々なアプローチからのゼミが、なだらかに文化政策という領域につながっています。
私の指導教員で文化政策研究所所長のヴォルフガング?シュナイダー教授の講義は、大講義室に立ち見が出るほどの人気です。2006年4月に初めてこの講義を受けたときには、人の多さに戸惑いました。座る椅子がない学生たちが、出窓や床に座っています。あまりの多さに、次の学期は、初日に「ドイツの文化をどのくらい知っているか」と、選抜試験が行われました。文句を言い、学ぶ権利を主張する学生たちに、試験が終わった後に告げられたのは、この試験内容が、当時ドイツ全土を揺るがす議論を巻き起こしていた移民への「ドイツ統合テスト」の予想問題だということでした(この試験は、形だけで選抜は行われず、文化政策のひとつの課題として、このテストを受けることになるかもしれない移民の気持ちを学生たちに理解させるためのものでした)。学生たちは単位を履修した後も、何学期でも繰り返しこの講義に参加しています。教授の講義内容がユーモアに富んでいるという理由もありますが、芸術起業家やアートマネージャーを志望する学生が多いこの大学では、将来の活動/就職のために、学生たちは、日々移り変わる政策の新しい動向を聞き逃すわけにはいかないためでもあります。特に、シュナイダー教授が連邦政府の文化諮問委員会の委員を務め、基本法改正の問題について、アクチュアルな議論を頻繁に持ってきていた時期には、すぐに埋まる座席をいかに確保するかが、毎週、私の一番の悩みの種でした。
地域との連携セミナーも多く、今月はEU議会選挙と関連させて「EUの文化政策と地域的な文化政策との緊張関係」などをテーマにした無料連続セミナーが地元銀行の後援で行われ、文化政策研究者やEU議員経験者が週代わりでスピーカーとして壇上に立ち、近郊から多くの市民が聴講に訪れています。EUの文化政策領域は基本的に、ドイツの文化政策と同じ原則が使われ、ほぼ同じ権限配分がなされているため、一般市民も(他の政策領域よりは)政策構造や問題を直感的にイメージでき、議論がしやすいのだと思われます。また、研究所では、アクチュアルな政策課題に関する招聘講演も多く(大抵、新刊のPRを兼ねてEU圏内からやってくるのですが)、分厚い本を読む前に大体の要点がおさえられるため、ドイツ語が母語ではない私は大いに助かります。
この大学では、1年に50本近くの文化政策関連の新しい修士論文?博士論文が生まれます。我々博士候補生は、毎年最低2回は口頭発表を行います。所長の口癖は「解決不可能な問題などありません」(しかも満面の笑みで)。はるか昔、私が「私のドイツ語能力では博士論文なんて書けません」といったときに言われたのもこの言葉でした。ここで我々は、半年ごとに山のように生まれる新しい論文に追いかけられ、半年から1年の間に博士候補生になるための準備をしていたはずの学生の1/3がいなくなり、途絶えることなくまた新たな候補生?スタッフがやってくるのを見(研究所は現在、拡大する一方のようで、スタッフや講師が学期ごとに増えます)、連邦政府や自治体や企業から、助成を兼ねた調査プロジェクトをひとりで複数採ってくるようになる先輩たちを見ながら、半年ごとの討論会で冷ややかな視線を浴びることがないように、毎日ささやかな作業を続けています。